徒然読書日記202604
サーチ:
すべての商品
和書
洋書
エレクトロニクス
ホーム&キッチン
音楽
DVD
ビデオ
ソフトウェア
TVゲーム
キーワード:
ご紹介した本の詳細を知りたい方は
題名をコピー、ペーストして
を押してください。
2026/4/30
「幸村を討て」 今村翔吾 中央公論新社
幸村は腕を思い切り振りぬき、十文字槍がこちらへ向かって飛翔してくる。若かりし頃ならばいざ知らず、この老躯を捻って馬から飛び降りても間に 合わない。家康は顔を顰めて目を瞑った。
が、十文字槍の狙いは外れ、地に突き刺さっていた。茫然として視線を走らせた家康を尻目に、幸村を含め四騎の真田兵は、一糸乱れず馬首を転じて逃げ去って いく。
<真田幸村(旧名:真田左衛門佐信繁)は、歯を覗かせて笑っているように見えた。>
慶長20年春、豊臣家滅亡となった大坂夏の陣で、籠城策を取った豊臣本体に反し、果敢に打って出て家康の心肝を寒からしめた、真田幸村の世に名高い武勇伝 だが、「わざと外したのだ。」としか思えない家康は、「何のために」その様な所業に及んだのかを、近くにいたものの証言をかき集めて、限りなく真相に 迫ろうとする。<幸村の謎を解き明かさねば死んでも死にきれぬ思い>で没頭した家康の、残り少ない人生をかけた「謎解き」の物語が、こうして幕を切って 落とされるのである。真相に近づくために、家康が目星を付けたのは6人。
心ならずも大坂方の総大将となった「織田有楽斎」
忍び働きで功を挙げようと画策した「南条元忠」
己の名を轟かせることのみに賭けた「後藤又兵衛」
叶わぬ天下取りの夢を思い出した「伊達政宗」
幼き頃の茶々姫との約束を果たそうとした「毛利勝永」
天下を獲れぬ真田の戦の道を全うした「真田信之」
彼ら6人が主人公となって、各々がそれぞれの背景と事情を抱えながら、大坂の陣を舞台に真田幸村と闘わせることになる駆け引きの顛末は、いずれも極上の 短編で、同じシーンが何度も描かれながら、それぞれが置かれた立場と視点の違いから、まったく違った意味合いをもってくるところは、さすがに上手いと 唸らされる。なにしろ、どのお話でも最後には、主人公が「幸村を討て」と口走ることになる(題名はここから来ている)のだが、そこに込められる真意は 6人6様なのである。
最終話では幸村の兄・信之が、家康と腹心の本多正信から二人がかりの尋問を受けることになる。「本当の首謀者は信之ではないか」と詰め寄られるのだ。 先の5人とその関係者から、知りうる限りのことを詳らかに聞き取った上で、裏で何が起こっていたのかと、自分なりの「見立て」を並べ立てる家康に、大概は のらりくらりとはぐらかし、時には正論をもって逆にやりこめるなど、緊迫する場面の連続で「最後の真田のいくさ」を乗り越えていった信之だったが、
「今まで儂らが問うてきたのは、あくまで推測に過ぎぬ。かなり臭いとは思っていても、確証のないことばかりである。」
<実は、確たる証拠を掴んでいるのだ。>と、突き付けられた三方に載せられた紙の束。それは、差出人の箇所に花押まで押された、真田伊豆守信之の書状 だった。(ここからネタバレにつき、文字を白くします。)
信之は、そちらは偽書であり、こちらが本物だと自分が保存していた書状を差し出す。こちらは呼称がすべて「信繁」ではなく 「幸村」となっているからというのだ。「幸村など認めていない」と居直る家康に、信之はここぞとばかりに咆哮する。「幸村を討て!」と陣を引いてなお 雄々しく叫んだのは、「誰のお言葉か?」と。改名を含め、すべてが最初から仕組まれた「罠」だったのである。
巧みに埋め込まれた伏線がみごとに回収される、納得の直木賞受賞後第1作である。
2026/4/29
「記憶術」 FAイエイツ 水声社
彼が座を外していたわずかの間に、大広間の屋根が崩れ落ち、客人は一人残らず瓦礫の下敷きとなって果てた。いずれの死体も損傷がひどく、埋葬 すべく引き取りに現れた身内の者にさえ見分けがつかない。
<しかし、シモニデス(前4世紀ケオス出身の詩人)は、人々が座っていた場所を覚えていたので、どの遺体が誰のものか親族に教えてやることができた。>
と、キケロがその著作で生き生きと語る「記憶術発明」の逸話は、古代ローマの雄弁家が活用した「場」と「イメージ」による記憶術の概略を紹介したもの だった。記憶するための場としてその時代の「建築」を用い、そこにその時代のシンボルなどの「イメージ」を置くことで、記憶を刻み込むというこの 「記憶技術」には、当然の結果として、その時代の空気が色濃く染み付くことになる。本書の前半では古典時代、ギリシア時代から中世へと渉る、綿密な記憶術 変遷の歴史が辿られる。
そんな弁論家のための中世的「記憶技術」が大打撃を受けたのは、イメージ世界を開拓するルネサンス時代の到来と画期的な「印刷術」の出現によるものだった。 活版印刷によって同じ本が豊富に出回るようになったことで、書かれた内容を逐一記憶にとどめる必要などなくなってしまったのである。 (ググればいいのだから)
だが、事実はそうではない。実際には、記憶術は退潮を見せるどころか、奇妙にも生き長らえることになる。・・・今度はヘルメス主義的な、つまり隠秘 主義的な秘術となって、ヨーロッパの中心的な伝統のそのまた中心的な位置を占めつづけることになる。
7段の上り勾配が7つの惑星を表す7つの通路で貫かれ、そこにおいて宇宙は、そのすべての部分がその中に含まれる永遠の秩序との有機的連関を通して想起 される。ジュリオ・カミッロの<記憶の劇場>は、古典的記憶術の場とイメージの瓶の中に、ルネサンスの「隠秘哲学」の流れという強いワインを注ぎ込んだ ものだった。
自らの聖なる「精神」の小宇宙の中に聖なる大宇宙を反映させながら、世界を把握できる魔術的記憶術を形成しうると考えたのである。
同心軸の輪が大きく30に分割され、それぞれがまた5つに分割されて、そしてそのそれぞれにほとんど解読できない大きさの文字が、びっしりと書き込まれて いる。ジョルダーノ・ブルーノの<『影』の秘術>は、150のイメージが30組のリストになって、回転する同心軸の輪上にすべて配置されるよう目論まれた ものだった。
自然の根源には混沌とした状態で原型的イメージが存在しているのであるが、魔術的記憶術はそれらを混沌のなかから引き出し、その秩序を回復し、人間に 神的能力を取り戻してくれるものなのである。
魔術化された護符的な想像力を用いる「円形術」と、物質的なもののイメージを通じて行なう「方形術」と、記憶術として可能なものはこの2つの技術だけだ という。ロバート・フラッドが、言葉の記憶と事柄の記憶のための体系として使おうとした<世界劇場>そのものは、「喜劇や悲劇が上演される大衆劇場」と 似ていた。
単語、文章、ある談話や諸々の主題等々が生みだす所作のすべて[が示される所]を、私は劇場と呼ぶ。
世界記憶体系の舞台として「本物の」大衆劇場を使うとすれば、その名が世界そのものを暗示する「グローブ座」以上にふさわしいものがあるだろうか? 「世界はすべて劇場である。」フラッドはこの人口に膾炙した言葉の再検討をうながしている、というのが長い論考の末に著者がたどり着いた途中下車地 なのである。
ふりかえってみて、伝説に残るあの不幸な晩餐の後でシモニデスが発明したとされる技術が歴史の全過程に対して持った意義を、なんと僅かしか理解しえて いないかということを、私は今あらためて認識するものなのである。
2026/4/19
「誰かに教えたくなるレトロ建築の話」 門井慶喜 奈良岡聰智 潮新書
幸運と人びとの努力によって今日まで残されてきた近代建築は、しばしばレトロ建築と呼ばれる。レトロ建築が残された、あるいは残されなかった過程 もまた、「物語」の宝庫である。(奈良岡による『まえがき』)
東京オリンピックと大阪万博を目前に控えた時期に、レトロ建築の歴史をたどることは、我々の将来を考えるうえで、決して無意味ではないという問題意識から、 建築を素材とした歴史小説を得意とする作家と、日本政治外交史を専攻する歴史研究者が、執筆や研究の過程で発見した様々な「物語」について語り合った本 である。
奈良岡 辰野金吾は、工部大学校教授として来日したイギリスの建築家、ジョサイア・コンドルから建築を学んだんですよね。辰野はコンドル門下が日本の 近代建築を造っていく時代の先駆的存在でした。
門井 辰野金吾は工部大学校を首席で卒業した後、イギリスに4年間留学します。そしてロンドンの街を見て、おそらくコンドルが本国では一流でないことに 気づいたんじゃないかと思います。
日本人建築家の手による初めての大がかりな西洋建築として、明治29年に辰野金吾の設計によって竣工した日本銀行本店の建物建設計画の背景には、師弟で ありながらライバル同士ともいえる緊張関係の中で、やがて恩師であるコンドルを追い出すような形で、設計の第一人者となる辰野の葛藤が秘められている。 といった感じで、明治維新から戦前までの「日本の近代建築の進化」を、それに関わった「建築家」のエピソードを中心に語られていく<第1章>。
門井 明治維新の立役者のほとんどは故郷を捨て、故郷には帰れない。その一番わかりやすい例が薩摩ですね。・・・東京に残った一部の連中が、西郷を 死に追いやるわけです。
奈良岡 長州藩出身の政治家も同様だと思います。・・・長州の鎮圧された側、不平士族から恨まれています。地元とはすごい緊張感があったのだと思います。
東京に本宅を構える明治政府の権力者たちにとって、その周辺で故郷に代わる心の拠り所となる居場所を探すことは、切実な課題であったに違いない。そんな 帰るべき場所を持たないEXILE(放浪者)たちが、故郷には絶対にならない東京で活躍しながら、癒やしや静養の場としたのが、「大磯」の別荘群だった。 といった感じで、大磯という街自体が近代政治に及ぼした影響とそこで果たした役割を、明治の「元勲」たちのエピソードと共に掘り下げていく<第2章>。
奈良岡 六本木ヒルズがある場所はいくつかの藩邸の跡ですよね。・・・江戸時代はそれらの風景にある程度の統一性があって、今よりももっと綺麗な 美しい町並みだったと思います。
門井 町人は町人地にしか住めないというように、身分によって厳格に区切られていたからこそ、そして自由が制限されていたからこそ、江戸はある意味で 美しい町並みを維持できたわけですからね。
戦後から平成の「復興」から「成熟」へと向かう都市景観が語り合われる<第3章>では、失われた建物を想像力で再現することこそが歴史家の仕事だと確認 され、令和のオリンピックと万博による都市のリフォームが問われる<最終章>では、昭和の結果の検証も踏まえながら、次の世代にどんなレガシーを残すのか が問われる。過去の遺産のうえに生きる我々にとって、未来に対する責任を果たすためには、過去から学ぶことが大切だということを学べるのが、この対談の 肝なのである。
対談終了後、私は思わず、「ディズニーランドより楽しかった」と言ってしまった。もとよりあの巨大遊園地も大好きなのだが、私にはそこで過ごす以上に わくわくする、冒険にみちた数時間だった。(門井による『あとがき』)
2026/3/18
「あなたの顔はわたしたちのもの」―顔認証AIの誕生と、プライバシーの終わりの物語― Kヒル 実務教育出版
長い1日の終わりでくたびれていたが、そのメールは衝撃だった。情報提供者は「秘匿情報」と記された法律意見書を見つけ出していた。
その「アプリ」に無作為に選んだ人の写真を与えると、ネット上で同じ顔を見つけて、名前だけでなく、その人の生活に関する個人情報もすべて明らかになる という。2019年11月、ニューヨーク・タイムズ紙の記者になったばかりだった著者が入手した、にわかには信じられないような、その「内部情報」とは、 <「クリアビューAI」という聞いたことのない会社が、顔の写真だけでその人の身元をほとんど誰でも特定できると主張している>というものだった。その 正体不明の企業の弁護士によれば、同社はフェイスブックなどのSNSをはじめとする「公開」されているウェブから、数十億枚の写真を集めたアプリを開発し、 その驚異的な技術を、すでにアメリカ国内の警察などが購入しているが、自分たちの存在は秘密にしていた。そんな「内部情報」が流出してしまったのである。
<プライバシー・パラドックス>とは、人々がプライバシーを気にかけていると主張しながら、それを保護するために何をすべきかを理解していない現象を指す。 「フェイスブック」のユーザーは、誕生日や出身地、学校、勤め先などのプロフィール欄を埋めたあと、ネットの活動を実名に結びつけるように仕向けられる。 好きな映画やバンド、ブランドなどの推しを教え、週末のグルメ巡りを披露し、友だちのリストを紹介し、そしてもちろん、それらの写真を投稿するよう勧め られる。毎月25億枚アップされるというそれらの写真は、おもに自分や友人、家族の写真で、写っている人は忠実にタグ付けまでされている。頼まれもしない のに・・・SNSが無料なのは、ユーザー自体が売り物の「商品」であるからだ。それは「今までに発明された中でもっとも恐ろしいスパイ装置」 (@Jアサンジ)なのだ。
(学生たちの)90%以上がプロフィール写真を共有したが、電話番号を共有したのは40%にとどまった。・・・彼らにとって電話番号はデリケートな ものだったが、顔はそうではなかった。
スマホに顔を見せることでロックを解錠する「顔認証」は、本人の同意に基づいて登録された顔写真と本人の顔との照合を行う「本人確認」の技術である のに対し、公開された大量の写真を密かに収集し、本人の知らないところで特定の個人を「顔識別」してしまう技術は、プライバシーの観点から大きな問題を 孕んでいる。あなたが気づかないうちに、どこかの店であなたに気分を害された人が、顔写真を撮って名前を特定し、あなたの評判を落とそうと、ネットに 上げるかもしれない。
<全市民が有名な顔をもつセレブと同じになる。>
安全のためならプライバシーを犠牲にしても、という議論もあるが、自分の「顔」がデータとして扱われれば、自分が丸裸にされてしまうだろうことは想像が つく。人権より安全を選び、顔識別技術による「監視国家」を構築した中国には、VIPを記した「レッドリスト」なるものがある。「見えない」ことが特権 なのだ。
「人が何か特別なものを発見したあとの本当の仕事は、それを人々に売り込んで、それに慣れさせることだ」と、開発者のトン・タットは言っている。
彼は、人の顔を、個人の身元や膨大なデジタル上の足跡に結びつけるアプリをつくったことを誇りに思っていた。・・・人の顔は自分だけのものではない と人々を納得させる覚悟ができていた。
先頭へ
前ページに戻る