徒然読書日記202602
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2026/2/28
「時の家」 鳥山まこと 文藝春秋
青年の視線は低い塀に落ちていた。『売物件』と書かれた看板が貼り付いている。目を向けながら、瞳は遠いところを見ていた。
「更地にした方がなにかとね」
塀の内側で解体の打ち合わせをしていた作業着姿の男たちが立ち去るのを見届けると、青年はチラチラと周囲を見回し、塀に手をかけて転がるように乗り越えた。 今は空き家となってしまったその家は、鍵っ子だった小学生の頃に声をかけられて、長い時間一緒に絵を描いてすごした、近所の老人「藪さん」の家だった。 やがて、スケッチブックと鉛筆を取り出して、ぐるりと周囲を見回してスケッチを始めた青年は、幼い頃の時間がわっと湧き上がってくるのを感じていたの だが・・・本年度「芥川賞」受賞作品。
柱は青年が手を伸ばせば届く高さ辺りまで籐が巻き上げられ、つるりとした光沢を纏っていた。自分の小指よりも細い数百周も巻かれた籐を下から漏れなく 一つひとつ描き始める。
柱に残ったくっきりとした窪みの微細な棘のようなものを紙に写し、鉛筆で線を引いていく青年の脳裏を過ぎっていったのは、鋭い「犬歯」だった。それは、 この家の二代目の住まい手として、数学の自習部屋のような小さな塾を開いた「緑さん」の飼い犬、ミニチュアシュナウザーのマルタが遺した傷跡で、海外赴任の 夫をマレーシアに残して帰国した緑が、指の先でその傷の深さや幅を確かめながら、ここで全部を一人でやっていくのだということを強く実感した、その「一本の 自由であり、太い覚悟」であったものを、青年は今改めて、指でなぞるように鉛筆で描き上げていく。白い紙にはっきりとした傷跡が刻まれる。
ふと、白い漆喰の壁の腰高さに窪みのようなものがあることに気づいた。小指よりも小さいえぐれた窪み。白の平面のその小さな窪みにだけ律儀に深い陰が できている。
その微妙な陰影を鉛筆一本で描き出すという「単純な困難」は、今の青年に、藪さんからデッサンを習っていた少年だった頃の思いのあれこれを掻き立てたのだが、 その漆喰壁のざらつきや波のような僅かな起伏に触れながら、結婚してすぐに発見した夫の背中のイボの、心をかさつかせる嫌な手触りを心に浮かべていたのは、 三代目の住まい手である「圭さん」だった。「ではどこであれば愛しているのだろう」その夫は、手を伸ばしてもぎりぎり触れられない位置に腰掛けている。
といったふうに、青年が丁寧な手つきで描き上げていくこの家の細部からは、ここに暮らした互いに接点をもたない人々の生きた痕跡が浮かび上がってくるのだ。
彼らはここでただ坦々と暮らしていただけだった。時間の中で壁や柱や梁に触れていただけだった。染み付いた熱や湿気を追って、暮らしていた彼らの思い出 すことを思い出していただけだった。
<ここにいた誰かの記憶をずっと思い出していた。>住宅の設計の仕事に永年携わってきた藪さんが最後に建てたこの家は、自分のための「意匠」を描かねばと 決意した、3年前に亡くした妻のための建築だったのか?
巨人に殴られたような音が真横から飛んできて、次の瞬間には壁がぶち抜かれ、突き抜けたボードから大きなフォークが顔を出す。・・・ついに解体が始まった のだ。
いずれ基礎も掘り起こされ、解体されてただの更地になってしまうのだろう。そう思ったのはたしか青年で、大きく湿った息を吐いたのは誰だったか。
2026/2/10
「夜、寝る前に読みたい宇宙の話」 野田祥代 草思社文庫
人は旅に出ることで、何かに気づくことがあります。ふだん暮らす街を離れて、今いる場所をちょっとズームアウトすると、いつもとは違った風景が 見えてくるものです。
<同じように、宇宙から地球や人間、自分自身を見つめる視点、「宇宙からの視点(ユニバーサルな視点)」をもってみるのはいかがでしょうか。>
というこの本は、小学生の時に感じた“宇宙の果て"への興味を胸に抱いたまま天文学の分野に進学し、今は親子が宇宙と地球を楽しむイベントを主宰する著者が、 科学に軸足を置きつつも理系と文系の垣根を越えて、できるだけ丁寧に「宇宙からの視点」を綴り、誰にも宇宙に親しんでもらいたい、という願いから生まれた ものだ。
星の運命は、実は生まれたときの体重(燃料が多いか少ないか)で決まってしまいます。燃料がたくさんあると長生きかというとその逆です。
<燃料の使い方が激しくて、さっさと使い終わってしまうのです。>
太陽の10倍も重い星の寿命は数千万年くらいで、最期は「超新星爆発」という大爆発をして一生を終え、光でも逃げ出せない「ブラックホール」が残るものも ある。軽い星はエネルギーをゆっくり生むので長生きといい、太陽と同じくらいなら、その寿命は100億年くらい。ただ、軽すぎると核融合ができず、星として 輝けない。
私たちが今ある姿でここに居るのは、「ほどよいサイズの太陽が、いま安定して輝いている時期」だからです。それに加えて、地球が太陽からほどよい距離に いる、ということも大切な条件です。
太陽と地球の距離(1億5千万km)の40%くらいのところにいる水星は、地球の7倍ものエネルギーを受け取って、太陽が当たる側の温度は400度にも なる。金星には二酸化炭素の分厚い大気があって、肉をとかすほどの濃硫酸の雲が広がり、上空には猛烈な暴風が吹き荒れている。ひとつ外側をまわる火星は、 平均気温がマイナス60度。薄い大気に酸素は少なく、原始的な生き物ならともかく、私たちが安全に暮らすには、かなり工夫が必要だ。さらに、地球がほどよい リズムで安定した姿勢でまわっていることも、地球生命にとっては重要なポイントで、これは地軸のブレを抑えてくれる月のおかげだという。
<太陽のほどよさといい、地球のほどよさといい。月のアシストといい、いくつもの絶妙な幸運に支えられて、今あなたはそこで本を読んでいるのです。>
といった具合で、地上から見上げた星空の話や、宇宙の時間割の話、星座の不思議、生命の不思議など、夜、寝る前にほどよく読める話が繰り広げられていく のだが、私たちがみな持っている<時空間を想像で飛び越える、ものすごい能力>を使って、宇宙が自分自身の物語の舞台であるということを、存分に感じて 欲しいという。宇宙を自分なりに知ることは、宇宙に浮かぶ小さな球体のさらにその表面の一部、という本当にかぎられたところで生きている「自分自身を知る」 ことだ。「宇宙からの視点」とは、そういう意味で考えてみれば、究極サイズの大きさと小ささ、長さと短さを「自分ごと」としてとらえる、「究極の俯瞰術」 なのである。
<もしも、今あなたの前に問題があってどうにも行き詰まっているなら、どうかひと呼吸して緊急避難的に心だけ宇宙へ飛び出してみてください。>
宇宙がこんなに身近で、おもしろくて、コワくて、美しくて、壮大で、そして何よりあなた自身の生きる舞台だと知っていただけることを、心から願って います。
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