徒然読書日記202509
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2025/9/12
「ギャンブル脳」 帚木蓬生 新潮新書
2021年に厚生労働省は、わが国のギャンブル症の有病率が2.2%と発表しました。男女別では男3.7、女0.7%です。2.2%を人工換算 すると196万人になります。
<2百万人のギャンブル症者がいれば、その悪影響は少なくともその5倍の1千万人に及んでいると言えます。>
違法なスポーツ賭博にのめり込み、大谷選手の銀行口座から26億円をだまし取った、元通訳が犯した銀行詐欺事件は耳に新しいが、それは何も特殊な話では なく、本人・家族のみならず周囲も大いに苦しめる「日本の国民病」であるにもかかわらず、どこか対岸の火事のような無関心が国中を支配しているのはなぜ なのか。この本は、精神科医として35年以上、ギャンブル症の治療に取り組んできた作家が、多くの臨床例と最新の知見から解き明かした、日本の「不都合 な真実」なのだ。
ギャンブル症者の脳内化学伝達物質は、ギャンブルという特異な行為の反復によって、大きく均衡が崩れてしまっていることが、尿検査等で判明している、 つまり、衝動を抑制するセロトニンが低下し、ほんの少しのギャンブルの刺激で、脳のタガがはずれてしまう状態のところへ、報酬系のドーパミンが過剰に供給 されるのだ。この結果、ギャンブル症者の行動特徴は以下のようなステップを辿って、「今すぐの報酬が欲しくて行動する」近接報酬系優位になってしまう というのである。
@遠い将来の損失が見込まれても、近い将来の利益を求める。
A刺激を追及して、よりリスクのある選択肢を選ぶ。
B結果の重大性と実現性を適切に評価できない。
C予想と結果の誤差に関係なく、より刺激のある行動に固執する。
外部からの薬物は入ってこないギャンブル症の脳の嗜癖の強度が、にもかかわらず、薬物依存や危険ドラッグ、アルコール依存よりも強くなってしまうのは、 脳自体が、ギャンブルという強烈な刺激を伴う反復行為によって変化してしまうからだ。もし外部から化学物質が脳に入ってくるのなら、それを断てばいい のだから。
“Once your brain becomes a pickle, it can never become a cucumber again."
(いったんタクアンになった脳は、二度と大根には戻らない。)
ギャンブル症者の脳の中でどんな変化が生じているのかを詳述し、自分の人生が破滅するまでやめられなくなってしまう恐ろしさを思い知らせてみせた著者は、 有病率2.2%という世界に冠たるわが国の「ギャンブル症」の現状が、どこに由来しているのかという「不都合な真実」に、鋭いメスの切っ先で切り込んで いく。そこには、わが国独特のギャンブルを推奨する風土があった。第二次世界大戦後、日本政府はギャンブルを取り締まるどころか、扇動し続けてきた というのだ。
戦後復興の為の財源確保として設置された、宝くじ、競馬、競輪、オートレース、競艇という5つの公営ギャンブルに新たに加わったスポーツ振興くじ。 そして、国と警察庁の不作為で、なぜかギャンブルではなく遊戯と見なされているパチンコとパチスロ。国家そのものがギャンブル脳に陥っているのである。
ギャンブル脳の怖さを知らない為政者は、ギャンブルによる収益ばかり口にします。その陰で生じる社会的な損失を知れば、スポーツ賭博の解禁にしても、 オンライン・カジノの合法化にしても、絶対に首を縦に振らないはずです。
2025/9/7
「トニオ・クレーゲル/ヴェニスに死す」 Tマン 新潮文庫
『トニオ・クレーゲル』
トニオ・クレーゲルは北の旅路に上った。贅沢な旅行だった。(普通の人よりは内的にはるか困難な生活をしている者は、外的に多少贅沢であっても一向に 差支えないというのが彼の持論だったからである。)
デンマーク領事クレーゲル家の息子トニオは、クラスの人気者ハンスに憧れを抱きながら、自作の詩のノートを持ち歩くような、複雑で内気な少年時代を送って いた。<そのころ、彼の心臓は生きていた。そこには憧れと、憂鬱な羨望と、それから少しばかりの軽蔑と、清らかに豊かな幸福感とがあった。>
「われわれ芸術家は、折々ちょっと芸術家にもなれると思いこんでいるディレッタント、人生の強者をこそ何者よりも徹底的に軽蔑します。」
没落瓦解の道を辿った生家を捨て、つなぎとめていた鎹や糸を解いて、狭苦しい故郷の町を去ったトニオは、南の国で艱難辛苦の末、非凡な才能を開花させた のだが、ある日、全然遠慮のいらない女友達である画家リザヴェータに、「芸術家とは何者か」についての本音を長々と吐露し、一言で『片付けられて』しまう。 「そこにそうして坐っていらっしゃるあなたという人はね、あっさり言ってしまえば俗人です」
これが、13年前に彼があとにした狭い町の塔が、灰色の空に浮かんでいるのが見えるところに来るまでは、休まずに旅を続けることにした、本当の理由だった のだ。<さて、この町での彼の短い滞在は奇妙なものであった。・・・>
というこの本は、北杜夫のペン・ネームの由来になったことで有名な、ノーベル賞作家トーマス・マンの初期の代表作である。
彼は自分の加わることのなかった舞踏会に酔い、嫉妬の情に疲れた。昔と同じことだった、まったく同じことだった。顔をほてらせて彼は薄くらがりに佇み、 彼らのために、あの金髪の、生き生きとした、幸福な人々のために心を痛ましめて、やがて寂しく立ち去ったのだ。
逗留したホテルでの舞踏会で、あの憧れの人ハンスと、初恋の人インゲボルクとの偶然の再会。そっと追いかけてきてくれることへの期待と、絶対にないという 確信。それを「昔と同じように幸福」だと納得しようとしてしまう、繊細で捩れたトニオの感性に、自分と同じような匂いを感じて、切なく愛しく心揺すぶられ てしまった。
トニオは旅の終わりに、リザヴェータに手紙を書く。それは、芸術に迷い込んだ俗人であることの自覚と、天才的ならざるものへの俗人的良心の表明だった。 「私は二つの世界のあいだに立っています。そのどちらにも安住の地をえません。あなた方芸術家は私を俗人呼ばわりするし、それから俗人は俗人で私を逮捕 しそうになる。」
私は、偉大で魔力的な美の小道で数々の冒険を仕遂げて、「人間」を軽蔑する誇りかな冷たい人たちに目をみはります。−−けれども羨みはしません。 なぜならもし何かあるものに、文士を詩人に変える力があるならば、それはほかならぬ人間的なもの、生命あるもの、平凡なものへの、この私の俗人的愛情 なのですから。
併読:『ヴェニスに死す』
少年は食堂のしきいをまたぐ前に、どういうわけかわからなかったが、一度うしろを振向いた、けれどももう誰もロビーにはいなかったので、自然と少年の、 灰色の翳のさした目がアシェンバハの目と合った。
初老の作家が訪れた避暑地のヴェニスで、ギリシア彫刻から抜け出したかのような美しい少年に魅せられ、破滅の道を辿ることになる話である。
映画化された(暇人は見ていないが)こともあり、実はこちらの方が読書会のテーマ本に選ばれたのだが、ついでに読んだ『トニオ』の方が自分の好みに合って いた。
2025/9/6
「すごい科学論文」 池谷裕二 新潮新書
d6・c4・e3・f4・b3・c6・・・
何かわかるでしょうか。答えはオセロの棋譜です。昨今のAIは、オセロはもちろん囲碁や将棋でもヒトを凌駕する性能を発揮します。しかし、元はといえば こうした記号の列を学習したものです。
<AIは「理解」して返答しているのでしょうか。>「オセロGPT」の挙動を詳しく調べたハーバード大学のリー博士の論文では、この「応用力」はオセロの 理解なくしては難しいのではないかと発表している。
というこの本は、脳研究者である著者が、最新の科学論文の中から「これは!」と唸ったものを厳選し、独自の解釈を交えながら紹介してくれる楽しい読み物だ。 毎日少なくとも100本、年間では延べ5万本。研究の傍ら論文に目を通すことを日課(=日々の楽しみ)にしているという、著者の視野は驚くほど広いため、
<人生に訪れる「二大老化期」>
老化は徐々に進むのではなく、突如進む「加速期」とそれほど進まない「停止期」が交互に訪れる、平均すると44歳と60歳頃が一気に老け込む時期になる。
<昆虫の「王座」はいつまで続く>
現在120万種の生物種の3/4は昆虫だが、予測される875万種のうちの86%は未発見で、熱狂的な民間昆虫研究家の新種発見が相次いだ影響が大きい。
<AIの価値観は欧米的か>
ChatGPTへの質問の回答を調べた結果、その価値観は欧米に近いものだったが、日本人の価値観も欧米に感化された「アジア風欧米圏」であることが わかった。
<記憶力は悪いほうがいい>
DNAを操作して生み出した記憶力の優れたネズミは、餌のある場所を覚えるのが早く、記憶も長期間安定するが、過去と現在を混同しやすく、記憶が不正確に なる。
<心を通わせるおしゃべりのコツ>
相手の表情をマネする「表情模倣ロボット」は存在するが、まったく心が通っておらず、むしろ不誠実で信頼できない印象なのは、「予測がない」から遅いのだ。
<幸福のカギは「不幸への抵抗」>
「幸せホルモン」として知られるセロトニンは、「嫌悪的な状況での損失感受性を低下させる」ことで、不幸を感じにくくさせて急場を凌ぐ「忍耐ホルモン」 だった。
など、生命の神秘から最先端科学の発見、考古学の謎や究極の思考実験まで全75編の小話が、私たちの世界観を揺さぶり、新たな視点を提供してくれる のである。
さて、冒頭でご紹介したリー博士の論文における驚くべき発見は、「オセロGPT」の内部に「8×8の盤面」の情報が表現されているというものだった。 なぜなら「8×8の64マスからなるゲームである」ことは教えていなかったからだ。オセロのルールはおろか、二人で勝負を争う競技であることさえ知らない のだ。<にもかかわらず、8×8の盤面で競うゲームであることを見抜き、初めて出会う局面においても臨機応変に対処するのです。>
きっとChatGPTの内部には世界地図や歴史年表が表現されていることでしょう。もしかしたら、AIはヒトよりも深くこの世界を「理解」している 可能性すらあるのです。
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