徒然読書日記202308
サーチ:
すべての商品
和書
洋書
エレクトロニクス
ホーム&キッチン
音楽
DVD
ビデオ
ソフトウェア
TVゲーム
キーワード:
ご紹介した本の詳細を知りたい方は
題名をコピー、ペーストして
を押してください。
2023/8/24
「11人の考える日本人」―吉田松陰から丸山眞男まで― 片山杜秀 文春新書
幕末の緊迫した国際情勢のなか、日本はいかにすれば生き残れるか。この難問を、あくまでも実践的に考え抜いた人――そんな「軍事的 リアリスト」として吉田松陰を考えてみたいと思います。
と始まったのは、文藝春秋主宰の通年連続夜間講座「日本の近・現代史100年を彩った11人の思想家」の第1回である。
あくまでエリートのための学問だった水戸学に対し、「吉田松陰」が士農工商あらゆる階級に教育を開放しようと実践したのは、国の独立を守り 発展させるためには、全国民のタレントを引き出す愛国教育しかないと考えたからだった。その理想を具体化したのが松下村塾にほかならない。
幕末から明治にかけて、日本という国のありようから個人の権利、女性の権利、そして天皇の独立というものまでを、一貫してお金を主眼にして 考え抜いた人。「みっともない」と「もったいない」という、江戸以来続いてきた儒教的な規範を打破し、身もふたもない経済リアリズムを貫いた から「福沢諭吉」は古びないのだ。
アジアにも西洋に劣らない、いや、優っている文明があるという、以前からあった主張を、西洋の言葉で西洋人に向かって説いたのが「岡倉天心」の 新しさである。
国民全体が天皇と同じ無私の精神性を持って民族一体となれば、国家間の進化論的な生き残り競争にも勝ち抜いていけるというのが「北一輝」の国家 改造案だった。
「美濃部達吉」が共感した大正デモクラシーは、あくまでエリート層のものであり、円本を安いと思って買える教養層の上に君臨していたのが天皇 機関説だった。
理屈では捉えきれない人間の心にこだわりつづけ、人と人の間柄を軸にまじめに煩悶し続けたことが、「和辻哲郎」が思想家としてなおも生き続けて いる理由である。
唯物史観に徹しきれず、批判され転換を図るも、完全には科学的な方向に舵を切れなかった、その振り切れなさがあったからこそ、「河上肇」の思想 は今日に蘇った。
「理論だけでは人間は理解できない」という実感から出発し、直観によって真実に到達してしまう天才の世界を語る。「小林秀雄」の本当の凄さは バランス感覚にある。
国家や社会への怒りが暴発しないように蓋をする。「柳田國男」の民俗学は、小さな日本の貧しさに立脚し、貧しさに寄り添い、貧しさを甘受する ための研究だった。
悲しみを克服しようとした「西田幾多郎」は、喜びと悲しみが同時に存在し、知ることと経験することが不可分なままの純粋経験を生きていくという 認識に辿り着く。
「丸山眞男」の戦後民主主義とは、日々の正しい判断の積み重ねによって、新たに襲いかかろうとする諸々の危機を果てしなく回避してゆこうとする 営みだった。だからこそ、政治思想として深化させていった丸山の思想は、普通の暮らしを送る市民に「戦後」を生きる指針を与え続けてきた のである。
といった感じで、その生い立ちから説き起こされ、西洋文化との格闘の中で鍛えられていった、11人の日本の知識人としての思想の歩みが、 わかりやすく語られ、分析され、見事に料理されて、位置付けられていく。これは、現在に生きる私たちにとっても、今後の指針となる得難い 処方箋なのである。
確かに入門的な中身のつもりでしたし、新書向きであるはず。けれど、実際は、我ながら盛りだくさん過ぎて、一回では収まらぬことばかり。 ・・・11人の日本人の組み合わせから、もしも何らかの思想の葛藤の劇が見えてくれば、それに優る喜びはございません。
2023/8/13
「ハンチバック」 市川沙央 文藝春秋
私は29年前から涅槃に生きている。成長期に育ちきれない筋肉が心肺機能において正常値の酸素飽和度を維持しなくなり、地元中学の 教室の窓際で朦朧と意識を失った時からずっと。
<歩道に靴底を引き摺って歩くことをしなくなって、もうすぐ30年になる。>
湾曲したS字の背骨が右肺を押し潰す「先天性ミオパチー」という難病を抱える40代の釈華は、<普通に子どもを宿して中絶がしてみたい>という 夢を持っていた。自分の曲がった身体の中で胎児は上手く育たないだろうし、出産にも耐えられないだろうが、生殖機能に問題はないのだから、 たぶん妊娠と中絶までならば・・・
私は(正しい設計図を内蔵していた)あの子たちの背中に追い付きたかった。産むことは出来ずとも、堕ろすところまでは追い付きたかった。
本年度「芥川賞」受賞作品。
自身が障害者である著者の受賞写真を目にしたが、まだ未読であるという方が、冒頭のような紹介から想像するであろう筋書きを、この小説は軽く 凌駕してくれる。
どうも、ライターのミキオです。今回は、ハプニングバーの超有名店「×××××」に潜入取材してまいりました。ではさっそくレッツゴー。
とアカウント名 Buddha で男性風俗レポーターとしてコタツ記事を、Shaka では女性向けの官能ライトノベルをテキストアプリに打込むバイトを しているのだが、
(高齢処女重度障碍者の書いた意味のないひらがなが画面の向こうの読者の「蜜壺」をひくつかせて小銭が回るエコシステム。)
そんな「いかがわしい」記事で稼いだ収入は全額、居場所のない少女を保護する子どもシェルターやフードバンクやあしなが育英会に寄付している のは、彼女が毎日を過ごすグループホームの土地建物は彼女が所有しており、他にも多くの家賃収入があって、親から相続した億単位の現金資産も あったからだ。
(親が頑張って残した財産は、係累なく死ねば国庫行きとなる。生産性のない障害者が気に入らない人々もそれを知れば留飲を下げてくれるのでは ないか?)
そんなある日、いつも不愛想な若い男のヘルパーが、彼女が「紗花」の名で下品な妄言を吐き出しているアカウントを、随分前から読んでいたこと に気付かされる。
(せむし<ハンチバック>の怪物の呟きが真っ直ぐな背骨を持つ人々の呟きよりねじくれないでいられるわけもないのに。)
「そんなに妊娠したいんですか。ああ、中絶だっけ」
「田中さんだってあるでしょう。どうしても欲しいものとか、したいこととかは」
それなら「1億ほしい」という、165センチの自分より背の低い田中に、「1億5500」で妊娠させてくれるよう依頼する。
「田中さんの身長分です。1センチ100万。あなたの健常な身体に価値を付けます」
というわけで、この先どうなったかという物語の筋は筋として、重度の障害を抱えて生きる著者の稀有な心象の吐露が痛烈である。これは究極の 「悪態」小説なのだ。
私は紙の本を憎んでいた。目が見えること、本が持てること、ページがめくれること、読書姿勢が保てること、書店へ自由に買いに行けること、 ――5つの健常性を満たすことを要求する読書文化のマチズモを憎んでいた。その特権性に気づかない「本好き」たちの無知な傲慢さを憎んでいた。
2023/8/11
「11文字の檻」 青崎有吾 創元推理文庫
文字だ。ガラス以外の3方向の壁面――清潔感のある白い壁を、数えきれないほどの文字が埋め尽くしている。・・・字の癖や大小の ばらけ方からうかがうに、ひとりで書いたものではなかった。何百人もの人間が何年もの間に書き溜めた累積の成果を、縋田は目の当たりに していた。
公序良俗に反するという理由で、<東土政府>から第二種敵性思想の保持者と認定された、官能小説作家の縋田が収監された更生施設には、奇妙な 定めがあった。時計のある壁面が《解答欄》で、それ以外は《メモ欄》とされた壁と床を、何百人もの収容者たちが1カ月ごとに二人部屋を移動し ながら、文字で埋め尽くしていく。《解答欄》に正しいパスワードを記入すれば出所が認められる。<政府に恒久的な利益をもたらす11文字の 日本語>を、必ず1日1個書かねばならないというのだ。
という書下ろし新作『11文字の檻』を締めとして、各誌に収録された本格ミステリ、SF、人気コミックへのトリビュートなどの短篇8編が勢揃い するこの本は、その論理的な謎解きの展開から「平成のエラリー・クイーン」と呼び名も高い(本人は面白くないようだが)著者のデビュー10周年 記念作品集なのである。
JR福知山線脱線事故を題材に、たまたま現場に居合わせた報道カメラマンが、そこで出会った少年が抱える事情を推察する『加速してゆく』。 すべてがガラスでできている見取り図付きの屋敷で起きた密室殺人の謎を、薄気味良悪という名前の破天荒な探偵が鮮やかに解き明かす『噤ヶ森の 硝子屋敷』。いずれも本格ミステリとして、謎解きのロジック捌きに定評ある冴えを見せてくれる。特に後者のほうの、密室トリックは常識の盲点を ついて秀逸である。
禿頭の探偵・水雲雲水(もずくうんすい)が、咽頭癌で声帯を失いパソコンでしか会話できない私の嘘をわずか3ページで見破ってしまう 『your name』。何かを始めたその日から、やめる日のことを考えている。「飽きる」ことへの誘惑から、結婚して1年の妻を殺した私の完全犯罪が 崩れる顛末を描く『飽くまで』。どちらも掌編でありながら、犯人である私を主人公にして、論理的な筋書きにメリハリが効いており、最後の どんでん返しも鮮やかだ。
『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』のトリビュート作品(小説による二次創作)だという『前髪は空を向いている』。CDジャケット などのイラストレーター(表紙カバー担当)の作風に合わせ、巨大ロボの清掃バイトをする女の子の話を書いた『クレープまでは終わらせない』。 こちらは、暇人にはまるで想像もできない、今どきの少女たちの異質な世界が描かれているわけだが、会話の流れのテンポのよさがその雰囲気を 感じさせてくれる。
「この競技にダブルスがあるなら恋澤姉妹がチャンピオンだ」という最強の殺人姉妹を、師匠を殺されたヒロインが追いかけるロードノベル 『恋澤姉妹』。これは、息をも吐かせぬアクション&ノワールの典型にみせながら、実は「百合小説」アンソロジーに収録されたガールズラブに 捧げる逸品なのである。
しかし何と言っても『11文字の檻』である。濁音、拗音まで含め、ひらがな80字。カタカナも80字。常用漢字だけで2136字。シンプルに 考えても軽く100億を超える組み合わせの中から、縋田が様々な試行錯誤を繰り返した末に辿り着いた結論の、そのロジックの見事さを、どうぞ 心ゆくまでご堪能いただきたい。
2023/8/10
「言語の本質」―ことばはどう生まれ、進化したか― 今井むつみ 秋田喜美 中公新書
(実物を見たことも食べたこともない果物の)「○○」という名前を教えられ、写真を見せられる。すると、その果物の外見はわかり、 名前を覚えることができる。「甘酸っぱくておいしい」のような説明が書いてあれば、それも覚えることができる。しかし・・・
<○○のビジュアルイメージを「甘酸っぱくておいしい」という記述とともに記憶したら、○○を知ったことになるだろうか?>
ことばの意味を本当に理解するためには、まるごとの対象について身体的な経験を持たなければならないと、認知科学者スティーブン・ハルナッドは 提唱した。記号を別の記号で表現する(「記号から記号へのメリーゴーランド」)だけでは、いつまで経ってもことばの対象についての理解は得られ ないというのだ。この「記号接地問題」は、もともとはAIの問題として考えられたものだったのだが、では・・・
ヒトはことばを覚えるのに、身体経験を必要とするのだろうか?この本は、認知科学者と言語学者がタッグを組んで、子どもの言語習得への考察を 切り口に、言語と身体の関わりから『言語の本質』に挑もうとした意欲作なのだ。
<この挑戦の鍵となるのは「オノマトペ」である。>
「オノマトペ」とは、「もぐもぐ」や「ふわふわ」など物事との間の部分的な類似性を頼りに、その感覚イメージを「写し取る」アイコン性を発揮 することばである。たとえば、「サラサラ」よりも「ザラザラ」は荒くて不快な手触りを表すなど、日本語は特に整然とした音象徴の体系を持ち、 形式と意味の類似性が認められる。子どもは「オノマトペ」が大好きだが、それは感覚的でわかりやすいからだけではなく、オノマトペ一つで場面 全体を換喩的に表現できるからだ。
「しーん もこ もこもこ にょき もこもこもこ にょきにょき・・・」(谷川俊太郎『もこもこもこ』)
絵本を読んでもらいながら、子どもはそこで多用されるオノマトペによって、単語の意味だけでなく文法的な意味を考える練習もしているのである。
しかし、ここまでの話は子どもの言語習得の最初の入り口にすぎない。ここから子どもは、大人の言語の高い壁をよじ登らなければならない。
オノマトペに潜むアイコン性を検知する知覚能力だけでは、恣意的で抽象的な記号体系としての、言語の巨大な語彙システムに行き着くことは不可能 なのだから、
<その道のりを進むには、子どもたちはオノマトペから離れなければならないのだ。>
言語の体系の習得に辿り着くためには、今ある知識がどんどん新しい知識を生み、知識の体系が自己生成的に成長していくサイクルを想定する必要が ある。そして、この「ブートストラッピング・サイクル」と名付けられたシステムを駆動する立役者が、仮説形成により新たな知識を創造する アブダクション推論である。そして、このブートストラッピング・サイクルが起動されるためには、最初の大事な記号は身体に接地していなければ いけないことを忘れてはならないという。記号接地問題を通して、人間と動物とで推論能力にどのような違いがあるかを考えることは、なぜヒトだけ が言語を持つのかという問いへの重要な示唆となるのだ。
人間は、アブダクションという、非論理的で誤りを犯すリスクがある推論をことばの意味の学習を始めるずっと以前からしている。それによって 人間は子どもの頃から、そして成人になっても論理的な過ちを犯すことをし続ける。しかし、この推論こそが言語の習得を可能にし、科学の発展を 可能にしたのである。
2023/8/9
「SF超入門」―「これから何が起こるのか」を知るための教養― 冬木糸一 ダイヤモンド社
この本は、すべての人のためのSF入門書である。・・・なぜSF読者だけでなく「すべての人」のための入門書が必要なのか。それは いま、フィクション、つまり空想。絵空事の世界で起こっていた出来事が、われわれ一人ひとりの人生にも及んでいるからである。
「すでに現実はSF化した」――これは、周りの世界を見ると明らかだ。
というこの本は、ITエンジニアという多忙な日々を送る傍らで、SF書評ブログ「基本読書」を主宰して大勢のファンから絶大なる信頼を得ている 書評家が、「現実との関係からSFを語る」という切り口で重要なキーワードを取り上げ、それぞれの作品がどのようにそれを描き出してきたかを 紹介したものだ。
科学読み物として最先端の17のキーワードごとに、小説として時代を超えて読まれるべきベストとして、古典から現代まで網羅的に選出されたのは 56作品。そのそれぞれについて、「どんな作品か」、「どこがスゴいのか」が、キーワードに沿って的確に料理され、味わったことのない未来への 食欲をかき立ててくれる。まだ満腹にならないという人には、フィクションだけでなく、ノンフィクションまで視野を広げた「つながるリスト」と いうデザートまで用意されているのだ。
そんなわけで是非お手元に置いて、著者が描いた「SF沼の地図」にハマっていただきたいと思う。以下ご参考までに、暇人の現状のハマり具合を ご披露しておく。
1<仮想世界・メタバース>
2<人工知能・ロボット>
『息吹』(Tチャン 早川書房)
3<不死・医療>
『紙の動物園』(Kリュウ ハヤカワ文庫)
4<生物工学>
『わたしを離さないで』(カズオ・イシグロ 早川書房)
5<宇宙開発>
6<軌道エレベーター>
7<地震・火山噴火>
8<感染症>
9<気候変動>
『絶滅できない動物たち』(MRオコナー ダイヤモンド社)
10<戦争>
『ブラックライダー』(東山彰良 新潮文庫)
『スローターハウス5』(KヴォネガットJr ハヤカワ文庫)
『あなたの人生の物語』(Tチャン ハヤカワ文庫)
11<宇宙災害>
12<管理社会・未来の政治>
13<ジェンダー>
14<マインド・アップロード>
『脳の意識 機械の意識』
(渡辺正峰 中公新書)
15<時間>
『犬は勘定に入れません』(Cウィリス 早川書房)
16<ファーストコンタクト>
『三体』(劉慈欣 早川書房)
17<地球外生命・宇宙生物学>
一点注意しておきたいのは、SFは未来予測をする道具「ではない」ということだ。・・・むしろSFの一番の魅力は、「フィクション」の部分 にある。「こういう未来にいたら、自分だったら、どうする?/どう考えるだろう?」という想像力を、物語の力によって手に入れることができる のだ。
先頭へ
前ページに戻る