徒然読書日記202304
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2023/4/17
「超圧縮 地球生物全史」 Hジー ダイヤモンド社
薄膜は、ゆっくりとエネルギーの生成に磨きをかけ、そのエネルギーを使って、丸い泡のような形になった。・・・泡の内部に科学 的な鋳型がつくられ、新しい世代の泡がその姿をコピーして、ひきついでいくようになった。・・・効率の良い泡が、秩序のない泡を駆逐して 繁栄するようになった。
融解した中心核から放射される熱で煮えたぎる鍋のようだった、誕生してわずか6〜8億年後の地球の、岩のあいだの微細な隙間にかぶさる 汚い薄膜にすぎなかった、そんな石鹸の泡のような細胞が、ちっちゃなこぶしをふりかざし、生命のない世界に立ち向かったのだ。という 38億年前の地球生命誕生から始まって、
地表に生命はいない。地下深くでも生命は息を引き取りつつある。海中の最後の生命は、熱水噴出孔の周辺に集まり、餓死してゆく。水素と 硫黄のミネラル豊富な「スモーカー」も徐々に活動を停止してゆくからだ。
対流熱機関という大陸移動の原動力を失って、地球史上最大の超大陸に収束した地球上で、絶滅を免れてきた生命もついにその役割を終える 約8億年後の未来まで。
これは、46億年にわたって繰り広げられた地球上の生物の盛衰のドラマを、端折ることなく300ページに「圧縮」してみせてくれる、感動 ものの一冊なのである。科学雑誌ネイチャーの生物学編集者で進化生物学の専門家である著者の「超圧縮」を、さらに「要約」してご紹介できる ほどの能力を暇人は持ち合わせてはいないし、「科学書には珍しく文学的であり、巧みな比喩で生命の躍動を感じさせる」(@訳者・竹内薫の評) とはいえ、人類が現れるまでの前半200ページほどにおいては、聞きなれない生物名が次から次へと飛び出し、挿入されている白黒のイラスト を参照したとしても、先に進んでいくにはいささか苦しい部分もあったが、(ちなみに原書にはイラストはなく、インターネットで画像検索 しながら翻訳したという訳者によれば、これは邦訳だけの「おまけ」なのだとか。知らないでゴメン)
ほ乳類の一生は緊張の連続だった。三畳紀の後半に恐竜が出現したころには、ほ乳類は小型でいる技を磨き上げ、短く、ハイピッチで、刺激 に満ちた生涯を送る方向に突き進んでいた。
しかしたくさん卵を産むのではなく、「乳」を与えることで子供の世話に時間をかけることにしたことから、急成長する大きな脳を支えなくては いけなくなった。もしほ乳類が普通の大きさに戻り、小型で夜行性の虫を食べたり、死骸やゴミを漁る動物から脱却できたなら、そこまで エネルギー摂取の心配はなかったのだが、問題は、その頃にはすでに恐竜が進化しており、空いている生態的地位をすべて埋めてしまっていた ことだ。ほ乳類は知的な小型の恐竜の獲物にすぎなかった。
などなど、その時々の地球環境の生態に応じて繰り広げられる、さまざまな種間の攻防と消長の妙を味わえるところは、読み応え十分の逸品なの である。そして、圧巻はなんといっても「人類の登場」である。ここに至ってようやく、ここまでに登場してきた多くの生物の進化と絶滅の歴史 の意味を知ることになるからだ。
ホモ・サピエンスが誕生してから最初の98%の期間は、生き延びて物語を語ることができたとしても、悲痛な叫びをともなう悲劇そのもの だった。実際、ほとんど全員が死に絶え、種はほぼ完全に消滅してしまった。
しかし、アフリカ大陸以外への進出の旅の途中で、ほかのホモ属のDNAを取り入れ、それぞれの親が独自の味つけを加えることで、最終的に 成功することになった<ホモ・サピエンスが特別な理由は何か。>それは、物事の仕組みのなかでの自分の位置を意識するようになった唯一の 種だったから。自分たちが世界に与えているダメージを自覚し、それを軽減できるから。
まだまだ課題は山積みだ。しかし、人類は、生命が常にそうであったように、分業によって、少ない資源をより多く活用することによって、 課題に対応するだろう(すでにしている)。ホモ・サピエンスは、それでも、遅かれ早かれ絶滅するのだろうが。
2023/4/13
「東大のディープな日本史2」 相澤理 中経出版
明治15〜16年、伊藤博文らは、ドイツをはじめヨーロッパ諸国において、憲法や立憲的諸制度の調査にあたった。その際、彼等は しばしばドイツの政治家や学者などから、明治維新以来日本政府が進めてきた改革は余りに急進的であり、日本がいま立憲制度を取り入れようと するのは、必ずしも賢明なこととはいえない、とする忠告を受けたといわれる。
「そこで、諸君が伊藤博文らの調査団に加わっていたと仮定し、上述のようなドイツ側の忠告に対して、日本として立憲政治を取り入れる必要が あることを説明する文章を240字以内で記せ。」(89年度第4問)
なんて大上段からの問いを唐突に突き付けられてしまったら、東大合格を目指し必死に研鑽を積んできたピュアな受験生であるほど、考え込んで しまうに違いない。――当時の視点では見えるものは当然違うよな。言葉も今とは異なるだろうし。・・・いや待て、ひょっとしてドイツ語で 答えなければいけないのではないか?(実際、
『坂の上の雲』
を見つめながら懸命に坂道を駆け上がっていた明治時代には、彼らのような若者が日本を背負って、ヨーロッパの大国と対峙 していたのだ。)
というわけでこの本は、「経験上、こういうことを大真面目に考える受験生のほうが受かっているような気がします」というカリスマ予備校講師 による、東大日本史入試問題の傑作20選。大反響を得て別分野の類書も多く生み出した
『東大のディープな日本史』
ご本家お待たせの第二弾なのである。
律令国家のもとでは、都と地方を結ぶ道路が敷設され、駅という施設が設けられて、駅制が整備された。発掘の結果、諸国の国府を連絡する 駅路のなかには、幅12mにも及ぶ直線状の道路があったことが知られるようになった。
「駅は、どのような目的で設置されたと考えられるか。山陽道の駅馬が、他の道に比べて多いことの背景にふれながら、90字以内で述べよ。」 (00年度第1問)
都と各国府を結ぶ駅路は中央集権体制を維持するための迅速な情報伝達手段として、集落の存在や地形さえも無視して直線的に建設された。 しかし、情報伝達のためだけなら12mという道幅は広すぎるし、軍事目的であるなら山陽道ではなく、蝦夷征伐に向かうための東海・東山道を 重視したはずだ。辺境の防衛を担う大宰府と都を結ぶ山陽道が大路となったのは、外国の使節に日本の朝廷の勢威を見せつけるためで、往来時には 駅ごとに饗応を繰り返したのである。中央集権国家の権力によって維持されてきた駅路は、その力が弱まる平安時代には衰微するが、それは都も 同じ運命だった。 (参照:
『平安京はいらなかった』
)
などなど、今回も提示された史料(引用省略しました。ゴメン)と問題文をしっかりと読みさえすれば、求められた答以上のものが得られる良問が 目白押しだ。
冒頭の問題にしても、明治政府の最大の課題が幕末に江戸幕府が列強各国と結んだ、不平等条約の改正であったことは間違いなく、日本は近代的な 法のない「半文明国」だという列強各国の認定を覆すため、憲法をはじめとする近代的諸法典の編纂が必要だったことは確かではあるが、伊藤博文 が渡欧した時期の日本国内では、板垣退助らによる自由民権運動が活発化しており、政党の結成や私擬憲法の発表が相次いでいる状況だった。 主導権を渡すことなく民権派の動きを抑え、政府自らの手で「上からの」憲法制定を果たすことが、至上命題として急がれた理由であることを 指摘せねばならない。
「解答は<調査団>の一員が、忠告するドイツの政治家や学者に<説明する>文体で書いてください。日本語でよいと思いますけど・・・」
「東大はすごい。受験生に暗記など求めていない。論理的思考力だけが試される」という感想に対して。多くの方が肯定的にこのような感想を 寄せてくださっていることを承知のうえで、そして、反発も承知のうえで断言しますが、東大入試の本質は<暗記>である(ほかの科目も含めて) というのが、予備校講師としての結論です。「考える前に覚えろよ」という当然のことを、東大の先生方もお考えなのだと入試問題から感じます。
2023/4/5
「自閉症からのメッセージ」 熊谷高幸 講談社現代新書
私たちが自閉症の人たちを目の当たりにして感じる不思議さは、単一の原因に帰することができるものではない。自閉症とは、その人の 生命発生の段階から現在に至るまでの原因と結果の連鎖の中で形作られるものだから、謎の複合であると言うべきだろう。
つまり自閉症とは「一つの長い物語」なのだから、その人の成長のさまざまな段階における自閉症という障害の生成のプロセスを明らかにしていく ことで、物心ついた頃にはもう別の道を歩んでいた、自閉症という一風変わった運命をたどる人たちの「物語」を想像してみようというのが、 本書の目的なのだという。この本は障害児教育の専門家が、これまでに出会ったいろいろな症例に、両親によって書かれた何冊かの記録の引用を 踏まえて、「自閉症の謎」を論じたものである。
自閉症者の動き方は特有である。一挙手一投足がどこか私たちとは違う。違うことはわかるが、どのように違うかは実はよくわかっていない。 彼らは、私たちの目の前を横切り、どこに行こうとしているのだろう。
そんなに急いでいるからには、何かを探しているようだが、今度はうずくまったまま動かない。再び立ち上がるが、それがどんな合図によるもの なのかわからない。<彼ら自身も自分の行き着く先を理解できていないのだと考えてみたらどうだろうか。>自閉症者は物事の順序に固執したり、 AならばBというパターンを覚えての行動はできるが、状況に合わせて分岐のある長い道のりを進んでは行けないのである。
瞬間的な像の中に「自閉症」は発見しにくい。それは本当なのだが、実はそのような像の中にも手がかりは隠されている。それが視線である。
その振る舞いも言葉の捉え方も私たちとは違う、自閉症者たちのうつろな視線は、外部世界を私たちとは異なる方法で切り取り、貯えている 可能性がある。<彼らの頭の中には黒板のようなものが準備されているという仮説をもたざるを得ない。>自閉症児の中に逆唱の得意なものが多い のは、音声刺激として時間的順序を追って読み上げられる数系列を、視・空間的に文字系列として処理しているからだ。
古い記憶にはモヤのようなものがかかっていて、鮮明な像にするのに時間がかかるものである。けれども、自閉症者にはそのような様子がない。
何年か前に会ったときの時と所を昨日のことのようによく憶えている、自閉症者は、はたして私たちと同じような時の遠近感覚をもっているの だろうか。<人と一緒に過去を振り返るときに目の前に開けてくる時間、この一・二人称的な時間の感覚が自閉症者には乏しいようである。> 一次元的な軸の上を進むものとして解釈している私たちの時間に対し、自閉症者はカレンダーという二次元空間の上を移動しながら日付の曜日を 探し当てていた。
「つまり、彼らは地図を見ていたのである。」
自閉症とは、出生前もしくは出生後のごく初期に発生する発達障害の独特なタイプであると考えられている。(引用者注;1993年現在の話、 古くてゴメン)自閉症者が時として示すすぐれた記憶力や計算能力など、コンピューターがもつある種の能力と一致するところがある才能は、 同時に、人間の持つ巧みな適応力にはるかに及ばないという意味で、コンピューターの今後の課題と共通した問題を抱えているようである。
このことは、自閉症者が私たちと異なる資質をもってこの星に生まれてきたことを決して意味しない。本来同じ人間として生をうけた仲間の 中の一部が、思いがけずも微小であるが結果の重大な障害を受け、孤独な旅に出ることになったと考えるべきである。
2023/4/1
「騙し合いの戦争史」―スパイから暗号解読まで― 吉田一彦 PHP新書
ノルマンデイー上陸作戦は現在考えられているほど、当初から成功を約束されていた作戦ではなかった。ドイツ軍が勝利する可能性の ほうが実は高かったともいえる。・・・連合軍総司令官のアイゼンハワーは作戦開始の1944年6月6日に、いざという時に備えて作戦失敗の 通信文を密かに起草していたほどである。
では、<ノルマンディ上陸作戦はなぜ成功したか>?
待ち受けるドイツ軍にとっては、連合軍の上陸地点の割り出しが最重要課題であったから、それをめぐって熾烈な情報戦が展開されることになった のだが、イギリス側は、ドイツの情報機関を通して偽情報を流すことを目的に、暗号名「ボディガード」と呼ばれた戦略的攪乱欺瞞作戦を発動した。 「戦時において真実は非常に貴重な存在であるから、嘘のボディガードで守りを固めなければならない」(英首相チャーチルの発言)というわけで ある。ノルマンディーへの上陸は陽動作戦に過ぎず、本格的な大陸反攻作戦は7月にフランス北部カレーで行われると信じ込ませ、ドイツ軍19個 師団を釘付けにしたのだ。
これを可能にしたのが、「MI5(英国諜報部第5部)」お得意の「ダブルクロス・システム」、いわゆる「二重スパイ」の暗躍だった。 イギリスは国内に送り込まれたドイツのスパイをすべて把握しており、捕らえられて転向を受け入れた者を全員二重スパイとして活用した・・・ と信じていた。しかし、暗号名「トレジャー」という女性スパイは、数多くの連合軍作戦計画をソビエトに渡していた疑いが濃厚で、ソビエトの ために働く三重スパイだったという。
情報戦に関しては相当にしたたかであるソビエトは、ダブルクロスについては既に十分すぎるくらいに知っており、イギリスの思惑通りに事は 運ばなかった。
というこの本は、「基本はほとんど出揃った感がある」第二次世界大戦を中心に、目を見張るばかりに見事な欺瞞作戦の数々の封印をほどいて 見せたものである。「欺瞞」というと不正な所業をなしているという印象があるかもしれないが、危急存亡の場面では正々堂々たることが必ずしも 美徳とはいえず、「裏をかく」「出し抜く」「陰で工作する」といった、人知のかぎりを尽くした虚々実々の駆け引きが求められるということ なのである。
個人間の問題はともかくとして、少なくとも国家間の関係においては、騙す側よりも騙される側が悪いという現実がある。事後に卑怯だと 叫んでみても既に後の祭である。
本書の第3章では、ベトナム戦争、湾岸戦争、冷戦期の過酷な情報戦争など、現代ハイテク戦争の一端も取り上げられている。テクノロジーの 進歩により戦争もハイテク化したとはいえ、人間対人間の知恵の競い合いである事実に変わりはなく、ローテクが常に不利というわけではない という。
1977年のイランによるアメリカ大使館占拠事件では、CIAは機密文書の処理に追われた。シュレッダーが唸りを上げ、かろうじて処理を 終えたと安堵したが・・・イラン側はペルシャ絨毯の女性職人を総動員して機密書類の復元作業を行なった。その結果2年がかりですべての機密 書類の復元に成功した。
ハイテクに全幅の信頼を置きローテクを侮ると、慢心による自己欺瞞の危険が忍び寄ってくる。
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