徒然読書日記202211
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2022/11/21
「10分で名著」 古市憲寿 講談社現代新書
古市 さっそくですが、『神曲』って一言で言えばどういう話なんですか?
原 一言で言えば!(笑)その質問は予想していなかった。
「名著」や「古典」を難解だと感じるのは、自分の頭が悪いからではなくて、その本が書かれた時代背景や当時の読者には常識だったような 前提知識がないからだ。だったら、人生を掛けてその一冊と向き合ってきたようなプロに、その「読みどころ」を聞いてしまおうという、軽い フットワークで始まった対談本である。せっかく地図がある街を手ぶらで歩くのはあまりにも効率が悪いし、結果的に地図を見ないとしても 一応は先人の言うことを聞いておいて損はない、というわけだ。冒頭の問いに対する原基昌の回答は、「『神曲』はあの世の話をしている のですが、じつは徹頭徹尾、この世の話なんです。」というものだったが、
<『源氏物語』はいつも途中で挫折してしまうんです。ここから読むと入りやすい、というお勧めはありますか?>
光源氏亡き後を描いた「宇治十帖」かな。「宇治十帖」って(紫式部にとっての)現代小説なんですよ。(大塚ひかり)
<『失われた時を求めて』はとにかく長い物語として有名です。読み通すためになにかコツみたいなものはありますか?>
語り手の発想があちこちに飛んでいくのを自分で追っていくのが楽しい小説なので、要約することにほとんど意味はないんですよ。(高遠弘美)
<『ツァラトゥストラ』を読むにあたって、あらかじめ知っておいたほうがいいことってありますか?>
ニーチェは、「清く正しく美しく」というキリスト教的な価値観を徹底的に批判したという点は押さえておいたほうがいいでしょう。(竹田嗣)
<『わが闘争』の読みどころを教えてほしいのですが、そもそも『わが闘争』って読みやすい本なんですか?>
もし学生に聞かれたら、まず第1巻序言の一節を読ませます。今風に身も蓋もなく言ってしまえば、書物よりもテレビの影響力が強いという話 です。(佐藤卓己)
<マンガや図解など、解説本がたくさん出ていますけど、それだけ『資本論』は難しいということでしょうか?>
(マルクスが標的とした当時の経済学者たちが難しく書いているのに合わせて)難しく書いているけど、内容は思ったほど難しくはないんです ね。(的場昭弘)
などなど、プロに切り込んでいく「問い」だけを取り上げてみても、押さえておくべき「名著」のキモにあらかじめしっかりと照準を定めて いることが感じられる。そんなわけで、最強の水先案内人の力を借りて、パラパラと本書をめくっていけば、「名著」や「古典」、さらには その作者がぐっと身近になってしまうのだ。さらにもう一つ、本書の隠れた効用は「読んだふり」ができるということになるのだが・・・ もっとも、それが真に意味のある行為かどうかはわからない。
『地球の歩き方』のスペイン編を読めば、スペインに行ったふりはできるだろう。下手をしたら、イビザ島でクラブにだけ入り浸っていた だけのパリピよりも、『地球の歩き方』を読み込んだ人のほうが、はるかにスペインという国には詳しいかも知れない。
<だけど、それは何だか切ない。>
2022/11/14
「アースダイバー 神社編」 中沢新一 講談社
今度のアースダイバーは、聖地の地形や歴史を調査することをつうじて、聖地の感覚が発動するその「精神のきわめて深い場所」の 構造を探求しようという試みである。
<私たちは探究の場所を、日本の神社に選んだ。>私たちにもっとも馴染み深い聖地である神社には、人間の精神の秘密にかかわる多くの謎が、 ほとんど手つかずのままにのこされているからである。
というこの本は、沖積期の台地が海に突き出していた岬に多くのお寺が建つなど、東京の地形に埋め込まれた「縄文的なるもの」を見事に解読 してみせて以来、土地の形態とその上につくられる人間の精神構築物とが相互嵌入して、複雑な統一体をつくっている様子を探究し続けてきた
『アースダイバー』
学の集大成である。 これは、日本の都市形成の歴史を題材に自然と精神とがある種のアナロジー性をもって共鳴現象をおこしていることを示そうとした、これまでの 試みを一歩進めて、精神の内部にも自然地形と類比的な「地質学的」な層構造が見出されることを、精神のトポロジー的な表現である「聖地」の あり方を題材に探求しようとしたものだ。
旧石器人の起源を示す「原聖地」が埋め込まれている、日本各地の一番深い地層には大地に眠る大蛇の神話が蹲り、とぐろを巻いて眠っている。 その上には、農業をおこなわない新石器人、精霊とアニミズムの世界に住む狩猟採者集=縄文人の聖地の層である「縄文古層」がある。 ヤマト系の王が支配する国家的な「新層」と「縄文古層」との間には、稲作が広がっていく農業社会の「弥生中層」が挟み込まれている。 日本の神社には「縄文古層」、「弥生中層」、「新層」の3つの層が折り重なっており、古層が顕わになっている場所もあれば、新層に覆われて いる場所もあるのだ。
環太平洋文化の古層では、その力のあらわれを示す「垂直的な動き」を、蛇、雷、山などで象徴しようとした。蛇や雷や山は世界の奥に隠れて いる力を、垂直性の運動とともに現実世界に顕在化させる。
<そういう垂直性の力のあらわれを示す場所が「聖地」にほかならない。>
たとえば、150センチほどの長さの檜の小柱の大半の部分が地中に埋められている、伊勢神宮の「心の御柱」が性的なシンボルであることは 古来公然の秘密である。大地の奥深くに潜んでいる神聖なエネルギーは、ふだんは頭だけを地上に出して土器皿の呪力に抑えられており、斎女の 奉仕を受けてむくむくと立ち上がってくる。それは、天皇家の先祖神・天照がそこに祀られるはるか以前から、隠されていた力がこの世にあらわ れてくる仕組みを美しいオブジェに造形してみせたものなのだ。
地政的な条件と歴史的な経緯があいまって「御柱」という古層の思考が表面に露頭している「諏訪大社」
現実界と幽界の対立を含む二つの軸の交点に出現した宮殿に人類最古の神話の存在を感じる「出雲大社」
海人族としてのアヅミ一族の結束と誇りをかけて海のない山国で「御船」が継承される「穂高神社」などなど。
日本の聖地である神社の内面空間には、いくつもの異質な系が層をなして堆積し、相互に入れ子構造をなしていることがよく見えてくると いうのだった。
こうやって形成されてきた神道には歴史を貫く同一性はなく、いくつもの非連続な断層を含んでいる。その異質な系のあつまりが、独特な 統一体をつくりなすことによって、神道というものができている。これは日本列島の地球学的ななりたちとまったく類比的である。ここでも 自然と精神の共鳴現象がおこっている。
2022/11/3
「文学全集を立ちあげる」 丸谷才一 鹿島茂 三浦雅士 文藝春秋
丸谷 平たく言えば、知識人が必ず読んでいなければならない、あるいは読んだふりをしなければならない、そういう文学作品が キャノン(=「正典」)ですね。
制約された巻数によってキャノンを選りすぐった、なかなか便利な仕組みだっ文学全集を「やめてしまったのは具合悪いんじゃないか?」と 丸谷才一が唱えれば、
鹿島 (文芸時評をやってみて)痛感したのは、新人作家がいっぱい出てくるんだけど、彼らがほとんど昔の文学作品を読んだことがない まま小説を書いてるということでした。
自分のまわりのことを書くと、もう書くこともなくなってしまうから、「小説の骨法を学ぶプロのための文学全集というものがあってもいい。」 と鹿島茂が同調し、
三浦 (「青春の終焉」という評論の中で)1970年頃を境にして「青春」という言葉が持っていた輝きが失われていくと同時に、文学 全集が書店から姿を消し始めたと書いたんです。
これまでの全集があまりとりあげてこなかった周縁、ユーモア小説、SFなどを積極的に入れていけば、「おもしろいものになるのでは」と 三浦雅士が提案する。
というわけでこの本は、新しい文学全集は「新しい文学の見方」というものを提供しなければならない、という編集方針を大前提として、 「いま読んで面白いこと」を最大の基準に、読むに値しないと思ったものは、いくら文学史的に有名でも外して厳選する、架空の文学全集編集 の試みなのだが・・・
丸谷 未訳だけどリチャードソンに「クラリッサ」という作品がある。この機会に訳して入れるのはどうですか。
三浦 書簡体小説の基本ですよね。フランスのラクロなどにもあるけど、リチャードソンのほうが影響力で言えば・・・
鹿島 はるかにすごい。ラクロの「危険な関係」の中でトゥールヴェル法院長夫人は「クラリッサ」を読んでるんですからね。
そんな本、一体いつ読んだんだという作家が取り上げられても、誰ひとり怯むこともなく三人三様の蘊蓄が披露され、話が弾むことが楽しくて しょうがない様子だし、
三浦 空海ゆかりの寺によく胎内巡りというのがあるじゃないですか。暗闇の中に人を落っことして、真っ暗闇でほんとに怖いわけだけど、 歩いていくとさっと明るいところに出る。
丸谷 なるほど。さっきからディズニーランド、ディズニーランドと言っているのがよくわからなかったんだけど、そういう意味か(笑)。
鹿島 要するに、言葉で理解させるというより、ビジョンで理解させるやり方ですね。僕は曼荼羅のあのものすごさで空海というのは初めて わかったんだけど。
空海の「三教指帰」を読んで、その宗教の本質はディズニーランドにあるなんて奇説が持ち出されても、動揺することなく咀嚼して、各自が 自家薬籠中にしてしまう。
丸谷 井上靖という人は人柄はたいへん立派な人だったと思うんだけどねぇ。ただ・・・。
三浦 さっきの埴谷さんとか、井上靖さんとかは、僕はお隣に住んだら、とってもいいという感じがする。普通、作家って、あんまり隣にいて ほしくないもんだけどね・・・。
鹿島 常識人ですよね。だから、物語作家としてものすごいうかというと、そこまで行っていないんだよな。
と楽屋話にも似た辛口の評論も含め、「つい、面白そうだなあ、と引き受けて、大変なことになっちゃった。」という丸谷の感想にもうなづける ものがあるが、「でも、読む側は、面白いですよ(笑)。」と三浦も認める通り、本当は話し合った側が一番面白い時間を過ごしたであろう ことは間違いない。
ようやく選びだされた世界文学全集133巻、日本文学全集84巻の一覧リストも併せて、これは是非とも座右に置かれたい、超おススメの 1冊である。
丸谷 文学全集は出すときに内容見本というのを作って宣伝するでしょう。あれが花やかで景気がよくてお祭りみたいな感じを盛りあげる。 今回ぼくたちがやったのは、内容見本だけの全集ね(笑)。
2022/11/3
「その裁きは死」 Aホロヴィッツ 創元推理文庫
カメラがこちらに向かって軌道を走り出す。・・・弾むような足どりで、馬が命令どおり荷馬車を曳きはじめる。だが、まさにその とき、どこからともなく一台の車が姿を現した。どう見ても現代、まごうかたなき21世紀のタクシーだ。
「カット!」(わたしがここにいることを、どうして知っているのだろう?)
ホロヴィッツが脚本を手掛けたテレビドラマ『刑事フォイル』の撮影現場に闖入して、時間に押される現場の段取りをすべて台無しにして しまいながら、周囲に漂う険悪な空気などに頓着することもなく、いかにも自信たっぷりに、どこか楽しげにさえ見える様子で、私を見つけて 歩きだした男が呼びかける。
「トニー!」(怒りもあらわに監督が振り向く。)
「きみの知りあいか?」
「ああ。ダニエル・ホーソーン。探偵だ」
というわけでこの本は、作者本人が<わたし>として登場し、他人への配慮に欠ける探偵の不遜な態度に辟易しながらも結局ワトソン役を 引き受ける趣向で、2019年の翻訳ミステリー部門のランキング上位を独占した
『メインテーマは殺人』
に続く、 ホーソーン・シリーズ待望の第二弾なのである。
離婚専門の弁護士が何者かに未開封の高級ワインボトルで殴り殺され、公衆の面前でボトルでぶん殴ってやると脅した訴訟相手の女流作家が 疑われている。という、それだけの条件がそろっているのなら事実は火を見るより明らかだろう事件を、わざわざホーソーンがわたしに書かせ ようというからには、<世界では、こんな罪の告白ととれる言葉も、まったく逆の意味を持つことがある>ということなのだろう。
殺害現場の壁にペンキで乱暴に描かれた「182」の数字。
ガラスのテーブルに置かれた2本の「コーラ」の缶。
被害者が男友達からの電話で最後に残した、夜8時の訪問者への「もう遅いのに」という言葉。
<この時点で、わたしはすでに手がかりを3つ見のがし、2つ読みちがえていた。>
やがて、被害者には仲の良かった友人3人で出掛けた洞窟探検で事故に会い、1人を喪うという事故を経験していたことがわかる。そして、 もう一人の友人も最近列車に轢かれる事故に会っていることから、捜査の範囲は広がり、容疑者の数は絞られるどころか、増えていくことに なる。お定まりのワトソン役による<わたし>の名推理が、どん詰まりまで待たされて、ホーソーンによってあっさりと一蹴され、全ての伏線が 見事に回収されて、驚愕の事実を知ることになる・・・
はずだったのだが、今回は残念ながら、割と早い段階で暇人も真犯人に辿り着いてしまったのは、伏線があざと過ぎたからだろう。とはいえ、 ホーソーンの複雑な人物像を形成することになった過去の秘密が少しずつ顔を出し、全10回らしいシリーズの続編に、ますます期待大の 逸品なのである。
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