徒然読書日記201801
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2018/1/29
「ファインマンの特別講義」―惑星運動を語る― DL&JRグッドスティーン 岩波現代文庫
「簡単なことには簡単な証明がある」
と、ファインマンはその講義のノートに書きました。それから彼は、2番目の「簡単」を消して、それを 「初歩的」と書き直しました。・・・彼がやろうとしていた証明は、高校の幾何学よりも高級な数学を利用 しないという意味ではたしかに「初歩的」でしたが、「簡単」ということからはほど遠いものでした。
「簡単なことには初歩的な証明がある」
速度の変化(加速度)が加えた力に比例するという<ニュートンの運動法則>と、その大きさが距離の2乗に 反比例するという<万有引力の法則>とにもとづけば、惑星の太陽のまわりの運動が楕円軌道であることを 示した、<ケプラーの法則>を導くことができる。
この、古代世界を近代世界から分離する分水嶺ともいうべき、科学革命の偉大な業績は、今では微分方程式を 用いてそれを解くことで証明されている。それを初等平面幾何学、それも垂直二等分線という中学生でも 知っている知識だけを利用して、数式を一切用いずに導くことに、ファインマンが固執したのは、微分という 強力なテクニックを発明した、当の本人のニュートンが『プリンキピア』でのケプラーの法則の証明を、平面 幾何だけで行っていたからだった。
しかもその証明は、ニュートンの時代にはホットなトピックスだったらしい「円錐曲線」の不可解な性質を 利用した難解なものであり、正直言ってお手上げだったことから、逆に好奇心を刺激されたファインマンが、 独自の証明法をつくりあげてしまったということのようなのだ。
というわけでこの本は、あの『ご冗談でしょう、ファインマンさん』が、大学の新入生に対して行った特別 講義の、行方不明になっていたノートに基づく復元解説なのである。
それは、もの凄く簡単にいうと、軌道を等時間間隔に分割すると、線分は等面積を掃くというニュートンの 常套手段から離れて、軌道を(太陽から見て)等角度に分割すると、速度変化が等しくなる(速度図が円に なる)ことに着目するという独創的なものだった。
え?何のことだかさっぱりわからない?
もしそうだとしたら、それは暇人のせいではなく、ファインマン先生のせいであることは、別の問題で本人も 認めているので、あしからず。
「なぜスピンが1/2の粒子がフェルミ―ディラック統計にしたがうのか、その理由を私にも分かるように 説明してくれ」
「私は、それを新入生のレベルにもってゆけなかった。そのことは、私たちがそれを本当には理解していない ということだ」
2018/1/28
「屍人荘の殺人」 今村昌弘 東京創元社
それにしても、たかが肝試しとは思えないくらい恐ろしげな悲鳴だった。男のようだが誰の声か まではわからない。明智さんがあんな声を上げるのは想像できないが、そこまで手の込んだ仕掛けが待って いるのだろうか。
目を凝らすと、山の方からいくつかの人影が下ってくるのが見えた。先に出発したペアが戻ってきたのだろう と思い、声をかけようとしたのだが。
おかしい。人影が三つある。地元の人だろうか。
「なんだか具合が悪そうに見えない?」
大学の映画研究部の夏合宿に集合した、十数名の男女の肩書きが登場人物として紹介され、彼らが2泊3日で 過ごすことになる、避暑地のペンションの間取り図が部屋割と共に示される。
この物語が、選考委員全員からA評価を受けるという快挙とともに、「鮎川哲也」賞に輝いた話題作であると 聞けば、これはきっと、『そして誰もいなくなった』のような本格ミステリーの傑作であるに違いない、 という期待に胸を膨らませせてしまうのも無理はない。
「肝試し」が催された合宿最初の夜に、彼らが遭遇することになった奇想天外の事態により、ペンションに 立て籠もることを余儀なくされるまでは・・・
しかし、よく考えてみれば、この奇妙奇天烈な仕掛けは、この後に起こる連続殺人事件の舞台を、完全な密室 状態とするためのものにすぎず、物語の本筋とはあまり関係ない(もちろん、いくらかは関係しているけれど ・・・)とスルーした方が、正しい態度であるのかもしれない。
というわけで、これはやはり、「本格密室ミステリー」の極北と呼ぶべき傑作なのだろう。なにしろ、なぜ 殺されたのか、次は誰が殺されるのか、ということは誰でも容易に推理することができるのに、誰が、どう やって殺したのかということは、最後の最後の謎解きまで、すんなりとはいかないのだ。
至るところに伏線が貼ってあり、なかでも冒頭の登場人物のリストとペンションの間取り図が、最大のヒント であったことに気付くのは、全て読み終えてからというのも、いつものお約束なのである。
「一つだけ、どれだけ考えてもわからないことがあるんです。立浪さんを殺す際、なぜエレベーターを使った トリックに固執したんですか。」
「ああ、それは簡単です。」
(以下、ネタバレにつき文字を白くしておきます。)
「
ゾンビに噛まれた後の死体を回収するにはそうするしかなかったんですから。・・・ゾンビは二回 殺せるからですよ。
」
2018/1/24
「日本問答」 田中優子 松岡正剛 岩波新書
最も重視したのは、この国が「内なる日本」と「外なる日本」を異なる様相をもって歩んできた ということだ。・・・われわれは「外」を意識しすぎてきた。そのぶん奇妙な内弁慶をかこつ国になった。 そのぶん文化を爛熟させもした。なぜそんなふうになったのか。
と、編集文化としての日本にひそむ「方法」の特色に関心を持ち続けてきた、編集工学者・松岡正剛と、
方法の重要な一点は「デュアル」であった。・・・私は江戸文化研究に入ったそもそもの目標が、見立て、 やつし、俳諧化、多名性、多重性の解明であったから、それらを分析的に見るとデュアル構造とその 組み合わせであることが理解できた。
と、とくにアジアのなかの日本の「立ち位置」を凝視し続けてきた、江戸文化研究者・田中優子とが、
そんな二人の「見方」を突き合わせて、「日本について問答する」いや「日本に問答をふっかける」と、 どういうことになるだろうか?という動機から企画されることになった、これはまことに刺激的な討論の 実況中継なのである。
主題は<日本という国がどんな価値観で組み立てられてきたのか>という難問について。
・「国の家」とは何か(公家集団と有職故実)
・面影の手法(面影カメラで見る日本)
・日本の治め方(神と仏とまつりごと)
・日本儒学と日本の身体(国体とは何だったのか)
・直す日本、継ぐ日本(なぜ出雲は隠れたのか)
・物語とメディアの方法(「ウツ」と「ウツツ」と「ウツロイ」)
<日本の来し方・行く末>をめぐる二人の対話は、神仏のこと、儒学やキリスト教のこと、国学や国体のこと、 はては着物や文芸のことにまで及び、
「ひとりの言葉が他者の言葉を生み、他者からの触手が自らに触れて思わぬ深みから未知の感覚が湧き上がる」 (@田中優子)という、「知の冒険」ともいうべき希有な時間を共有できる、輝きを放つ「場」の雰囲気を 私たち読者にも垣間見せてくれることになった。
そんななかで、次第に露わになってきたことは、中国という何千年にも及ぶ先進国に抱かれながら、「外」の 文化を消化吸収して「内」に取りこむという、自立の努力の成果が江戸文化の「おおもと」であったのに対し、 近現代のグローバル化は、「自立」の努力を「追いかける」努力に切り替えてしまったことで、「おおもと」 を見失わせてしまったのではないかということだった。
日本の「内なるもの」と「外なるもの」を、もっと深く見ることで、日本の「おおもと」に蓄えられた内なる 多様性の魅力に気付くことが急務のようなのである。
私がずっと考えている方法上のモデルとしては、やっぱり「やつし」が重要だと思います。やつしとは 「くずす」とか「別のものに見せかける」、つまり擬態するなどといった意味ですが、くずす態度のなかには、 くつろぐことや、質素にするニュアンスが入っていますし、擬態のなかには、変装することや、目立たなく する意味がある。(田中)
ぼくはそこにさらに「もどき」を加えたい。折口信夫が言っているように、日本の芸能は神々の「もどき」 からはじまっていますからね。というわけで、「やつしの日本」と「もどきの日本」にもっと注目してほしい。 (松岡)
2018/1/14
「地名の謎を解く」―隠された「日本の古層」― 伊東ひとみ 新潮選書
名前は、人が世界と関係を結ぶ、まさに要の部分に位置するものだ。人間は名づけることで世界と つながり、名前を知ることで世界を認識する。
<いや正確には、することができた、と過去形にするべきだろう。>
奈良市の「登美ケ丘」という、いかにも新興住宅地風の地名は、神武天皇の「金鵄伝説」(『日本書紀』に 登場する金色のトビ)に由来するものだ。
京都市の「天使突抜」とは、エンジェルのことではなくて、五條天神社(天使社)の広大な境内をぶち抜いて 道を通した、豊臣秀吉の横暴を皮肉ったものだった。
国分寺市の「恋ケ窪」という、いかにもライトノベルに出てきそうな地名は、実は「コイ=川」なので、 川の凹地の低湿地帯にその語源があるのだという。
一方で、あたかも古代からあったように見える、愛知県の「蒲郡」は、宝飯郡の「蒲」形村と西「郡」村が 明治時代に合併してできたものなのだし、長野県安曇郡の「豊科町」は、鳥羽(と)、吉野(よ)、新田 (し)、成相(な)の頭の一音ずつを並べたものだった。
山梨県北巨摩郡の「水」上、「青」木、「折」居、樋「口」の4つの大字が合併した「清哲」という地名に 至っては、ほとんどクイズのようなネーミングなのだ。
つまり、その外見を眺めただけでは、その地名が長い歴史を背負っているかどうかなど、もはやわたしたち には容易に見分けがつかないのである。
というわけでこの本は、前著
『キラキラネームの大研究』
で、“名づけの森”の奥深さに囚われてしまった著者が、人名から地名の 世界へとシフトして、名付けられた名前の背後に分厚く貼りついた、物事についての伝統的な経験や認識を 剥がして見たら・・・というものなのである。
地名が歴史を積み重ねてブランドになるまでには、気の遠くなるような時間がかかっている。気まぐれに地名 を変えてみたところで、急にブランド力がつくわけではない。
北海道江別市豊幌「はみんぐ」町。
そんな悠長にかまえてはおられぬと、経済効率を重視する現代では、地名の“ゆるキャラ化”に打って出る 奇策が急増しているらしい。この町に行けば、町内の至る所で、幸福そうな町民たちのハミングを耳にする ことができるのかどうか?残念ながら、そこまでの「調査結果」は示されてはいない。
人は昔と変わらず、今も大地の上に暮らし、大地に育まれているのに、現代人と大地との「臍の緒」 (谷川健一)は切れかかっている。柳田國男が言うように、地名が「人と天然との交渉の記録」であるならば、 大地に刻まれた本当の地名を知りたい。そこに込められた先人たちの心のありようを理解したい。そう願って 始めた“地名の森”のフィールドワークであった。
2018/1/11
「最愛の子ども」 松浦理英子 文藝春秋
「伝承っていうのはそういうもんなんじゃないの?いちばん初めに誰が語り出したのかわからない し、設定の詰めも甘くて、甘い分ご都合主義で」草森恵文はそう言う。「すごく人気がある伝承は、語り継が れるうちにみんなの欲求に合わせていろんな要素がつけ加えられて、辻褄合わせもそっちのけでどんどん ふくらんで行くの」
<初めに子どもがいたの。ぽつんと。一人で>
神奈川県下の中高一貫校に高等部から入ってきたにもかかわらず、中等部からの仲間たちから完全に孤立する こともなく、いつの間にやら気にかけられるようになっていた。どちらかといえばおとなしく、自分が迷子に なったのに気がつかないで、無心に一人遊びをしている子どものような、そんな天然の個性にみんなが気づい て以来、薬井空穂は、わたしたちの「王子様」になった。
弓道衣姿がすてきだと、中等部の時から女子の間で人気があった、クラスで最も落ちつきがある舞原日夏が 「パパ」で、教師が無神経なことを言ったりすれば、黙って勝手に教室を出て行ってしまうような、意固地で いささか世渡り下手の今里真汐が「ママ」だった。
もちろん、三人はわたしたち(高等部一年女子クラス)の同級生なのだから、三人がわたしたち自身の家族で あると認定したわけではない。
シングルマザーに充分な躾を受けてこなかった空穂を、日夏と真汐が甲斐甲斐しく面倒を見ながら、改めて 躾し直そうとでもするかのような、うるわしい家族の姿。それをみんなで鑑賞し愛でる、アイドル的な一家族 という意味で、三人は<わたしたちのファミリー>になったのである。
三人の疑似家族の暮らしには様々な出来事が起こり、わたしたちのうち、そこに立ち会った者らから報告され ることにもなるわけだが、たとえば「おしりぶたれ折檻事件」など、内輪の揉め事のようなものについては、 その詳細やましてや三人のその時の心境など、知り得るはずもない。
<そこでわたしたちは、思い描くのである>
第1章の最後には、主な登場人物が挙げられており、<わたしたち>個々にはそれぞれに、
木村美織 目撃者 官能系情報コレクター
草森恵文 目撃者 記録者 などなど
といった具合で、きちんと名前と配役が割り振られているのだが、では、彼女ら目撃者が登場し、証言して いる場面を物語っている<わたしたち>とは、いったい誰なのだろうか?
これはあの話題作
『犬身』
で<犬であることの喜び>を教えてくれた著者が、生身の女子高生の目線を 通して、<家族であることの脆さ>を垣間見せてくれる問題作なのである。
<伝承っていうのはそういうもんなんじゃないの?>
わたしたちはわたしたちで現実における<わたしたちのファミリー>の離散を覚悟し、紡いで来た物語を 締めくくる心の準備を進めていた。・・・日夏と真汐が仲よくなった頃から数えて足かけ4年の物語を最後 まで見届けたいという気持ちは薄れることはなく、結末は苦みのまさったものになりそうだけれど、 わたしたちがわたしたちのために語って来た物語なのだから、必ずそこにわたしたちにとって喜ばしい甘みが 見出せるだろう、という期待は揺らぐことなくあった。
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