徒然読書日記201712
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2017/12/31
「満願」 米澤穂信 新潮文庫
私は、もう少し戦う余地があると思っていた。結果の重さを考えれば正当防衛までは認められなかっただろうが、被告人に 危険が迫っていたことはもっと大きく取り上げられていいと考えていたのだ。しかし・・・
「もういいんです。先生、もういいんです」
と、3年がかりの法廷で、懲役8年の一審判決から控訴審まで、ようやくこぎつけたはずの裁判の、その控訴を自ら希望して取り下げ、 裁判を続けることを決して許そうとしてくれなかったのは、被告人・鵜川妙子の夫・重治が、長い病床生活の末に亡くなってしまった ことを、拘置所の接見室に伝えに行った日のことだった。
妻に隠れて派手な遊興を繰り返したあげくに、肝硬変で倒れてしまった夫は、妙子を連帯保証人として多額の借金を重ねていた。その 返済を楯に、関係を迫ったと思われる貸金業者を、自宅の客間に迎え、文化包丁で刺し殺してしまった。そんな妙子は、いまは弁護士 となった藤井が貧乏学生時代に世話になった下宿の「おかみさん」であり、淡い想いを寄せていた女性なのだった。
現場の床の間にかけられていた家宝の「掛け軸」に、飛び散った血痕が付着していたことが、計画的な殺人ではなかったことの証明に ならないだろうか?
という表題作『満願』における<床の間の達磨>。
勇敢な新米巡査が自分の命と引き換えに凶悪犯をやっつけた、かのように見えるストーリーの裏に隠された、警官には向かない男・川藤 の本当の狙いとは?
という『夜警』では<工事現場の事故>。
火山ガスの溜まりに行けば、楽に、綺麗に死ねると、死にたい人たちの間では噂の名湯の、露天風呂に落ちていた書きかけの遺書。 自殺を目論んでいるのは誰か?
という『死人宿』では<落ち鮎の簗>。
生活力のない、女たらしのダメ夫との離婚を決意した妻は、離婚調停の席で中学生の娘たちが夫との同居を選んだことに凍りつく。 身に覚えのない虐待が理由だった。
という『柘榴』においては<夏祭りの浴衣>。
などなど、どの物語においても、意味ありげな伏線が思わせぶりに仕込んであって、なんとなく先の展開が読めたような気がするのだが、 「このミステリーがすごい!」、「ミステリが読みたい!」、「週刊文春ミステリーベスト10」と、史上初めての三冠に輝いた、 傑作をなめてはいけない。
最後の数ページに至り、きっとあなたは唸らせられることになるだろう。そこには窺い知ることもできない「願い」が込められていた ということに。
憧れは既に過去のものであり、裁判は結審している。鵜川妙子の罪と目論見が何であっても、それは全て終わったことだ。
達磨大師は9年間壁に向かい座禅して、悟りを開いたという。鵜川妙子は5年の服役の果てに、満願成就を迎えられたのだろうか。
2017/12/23
「未成年」 Iマキューアン 新潮クレストブックス
彼女は驚いて息を呑んだ。彼はそれを笑った――たぶん嘲笑した――ものと勘違いして、荒っぽい言い方をした。 「エクスタシー、ほとんど意識を失うほどの興奮。覚えているかい?わたしは最後にもう一度味わいたい。たとえきみはそうは思って いないとしても。それとも、きみにもそういう気持ちがあるのかい?」
「そんなばかな!なんてばかなことを言いだすの!」
と、屈託のない十代にニューカッスルに行ったとき以来、一度も出したことのない大声で悪態をつくことになってしまったのは、 連れ添って35年にもなる夫のジャックが、性的欲求を満たされないことに不満を持っており、これからもずっと愛し続けはするが、 いまここにひとつのチャンスがあるので、彼女に知らせたうえで、できれば、同意を得て試みたいと告げたからだった。
高等法院の家事部で裁判官を勤めるフィオーナ・メイにとって、法廷に持ち込まれる様々な家族の問題に冷静に白黒を付けることは、 日常茶飯事であったはずなのだが、自らの身に降りかかったこの私生活上の危機は、一筋縄ではいかない難題となって、ただでさえ 忙しい彼女の頭を悩ませていた。
そんなフィオーナのもとに持ち込まれたのが、信仰上の理由から輸血を拒んでいる白血病の少年の審判だった。ここに、自分の (あるいは両親の?)信仰ゆえに死に直面している17歳の未成年がいる。彼女の仕事はこの少年を救うことではく、何が合法的で 理にかなっているかを判断することだった。
<いちばん大切なのは本人が何を望んでいるかだろう。>
と判断したフィオーナは、極めて危険な病状という時間的制約もあり、異例とは知りながら入院中の少年本人に面会し、言葉を交わす ことにする。
というわけで、ここからの顛末はご自分でお読みいただくのがいいと思いますが、
結果的にはこの出会いが、二人がこれまで歩んできた人生と、それから辿ることになる人生の「人間交差点」となるわけで、老境に 差し掛かっていることを恐れていた女が、胸の奥底に燻ぶっていた少女の感性に戸惑い、戦いている数ヶ月の間に、聡明で、思慮深いと 彼女が勘違いしていた少年は、本当の成年へと脱皮してしまったということになるのかな?
窓の向こうの雨に洗われた大いなる街が穏やかな夜のリズムを取り戻し、結婚生活がぎこちなく再開されるなか、自分の恥辱を語り 始めたフィオーナ。
「きみは彼を愛していたのかい、フィオーナ?」
その質問が彼女を崩壊させた。彼女は恐ろしい声を、押し殺された咆哮を発した。「おお、ジャック、彼はこどもだったのよ! 少年だった。かわいらしい少年だったのよ!」暖炉の横に立って、両腕を力なくわきに垂らしたまま、彼女はついに泣きだした。 彼はそれを見守りながら、いつもあんなにも自制的だった妻が、悲嘆の極に達したかのように見えることにショックを受けていた。
2017/12/21
「ダ・ヴィンチ絵画の謎」 斎藤泰弘 中公新書
さて、『モナリザ』はその上半身で背景の中央部分を遮って、見る者に向かって微笑みながら「わたしの背後で風景がどう 繋がっているのか、分かる?」と問いかけている。
<どうぞ其処を退いてください/あなたはいつも遮るのです>
(村野四郎『亡羊記』収録の「モナリザ」より抜粋)
と詩人を苛立たせたように、彼女の背後に展開する風景は、実際チグハグなものなのである。左側では、山々は水に浸食されて倒壊し、 水はその行く手を塞がれて、湖となって広がり、やがて堤防を喰い破って、下流域に襲いかかろうとしているのに対し、右側では、 がっちりとした底辺をもつアルプスのような山岳地帯から、何度も蛇行しながらゆっくりと流れ下る渓谷があり、唯一の人工物である 石橋が架かっている。
この意図的(であるに違いない)仕掛けに、これまで誰も納得できるような説明をしたことはなかったが、<左右の背景には何の関連性 もないと考える方がいい>というのが、ごくわずかな絵画作品(67年の生涯で未完成のものを含めても十数点)に比べ、膨大なノート ブックを残したレオナルドの、
その「手稿」(自分だけのために鏡文字で書かれていた)研究の第一人者である著者が、彼がこの「鏡文字の世界」で身に付けた ものの見方や考え方(それは自然観察や科学的考察から始まって、人間観や世界観、果ては宇宙論にまで及ぶのだが)を、
<フィレンツェ時代の自然観>
<ミラノ公国付きの技術者 哲学から科学へ>
<スコラ自然学との出会い>
<ミラノ時代の地質学調査>
<大地隆起理論への疑問>
<世界終末の幻想>
などなど、「彼の残した絵画に当て嵌めてみたら」という、これまでの美術史解説とはまったく異なる切り口による、ダ・ヴィンチ絵画 解読の試みなのである。というわけで、
<『モナリザ』はいったい何者で、なぜ見る者に向かって微笑んでいるのか?>
この「最大の謎」に対する、まことにスリリングな名推理の成り行きは、どうぞご自分の目でお確かめください。 超お勧めの逸品です。
だから何よりもまず、いったいそこに何が、どのように描かれていて、それがどのような考えのもとに描かれたものかを≪具体的≫に 理解すること(頭だけの理解というのは、レッテルを貼って理解したような気になるだけの理解だから絶対にダメ!)、そのことに集中 していれば、逆に相手の方から(たいがいの場合はだけど・・・)君に手を差し伸べてくれるものだよ。『モナリザ』のように微笑み ながらね。
2017/12/17
「こわいもの知らずの病理学講義」 仲野徹 晶文社
ごく普通の人にも、ある程度は正しい病気の知識を身につけてほしいなぁ、誰かそんな本を書いてくれんかなぁ、と、長い間 思っていました。ある日、知り合いの編集者の方から勧められてふと気がつきました。そうだ、自分で書いてみよう、と。そうして書き はじめたのがこの本です。
「いろいろな病気がどのようにできてしまうのか。」
もちろん、そんな病気の理(ことわり)を理解するためには、ある程度の医学の言葉は知っておかなければならないが、細胞がいろいろな 刺激にさらされた時、どう適応するか、そしてどうなったら死んでしまうのか、について述べた、第1章「負けるな!細胞たち」
ありふれた貧血の説明から、日本人の死因の約25%と、がんと双璧をなす心血管障害にまで話が及ぶ、第2章「さらさらと流れよ血液」
そして、DNAや遺伝子など、避けて通ることのできない「分子生物学」の基礎を紹介した「インターミッション」で心の準備を整えて おきさえすれば、
「病の皇帝 がん」というのはどういう原因で発症するのかについて書かれた、真打登場ともいうべき第3章に至り、
<細かくいうと、DNA合成と細胞分裂だけが繰り返されるわけではなく、その間にギャップが挟まっています。合成期と分裂期は、 それぞれ、synthesis と mitosis の頭文字をとって、S期とM期といいます。>
なんて文章に出会ったところで、さほど驚きもしないですむのは、
<ふと思っただけですけど、SMなので覚えやすいかもしれません。>
という、わけのわからない脱線のお陰で、何となくわかったような気にさせられるから・・・では決してなくて、ある程度の言葉の意味 さえわかれば、医学で使われる論理は極めてシンプルなものだから・・・だそうなのである。
そんなわけで、この本を読みさえすれば、暇人も「こわいもの知らずの病理学者」になれるかも、と思っていたのだが、
凡庸なことばかり書いてもおもしろくないので、ところどころは、批判をうけること覚悟で、思い切ったことも書いてみました、という、 これは「こわいもの知らず」の病理学者による、病理学入門「高座」の一席なのだった。
読んで医学リテラシーがずいぶんあがった、賢くなった気がする、とか、今度お医者さんにこんなことを聞いてみよう、とか思って いただいていたら何よりです。
2017/12/16
「マインドハンター」―FBI連続殺人プロファイリング班― Jダグラス Mオルシェイガー ハヤカワNF文庫
彼はブルーカラー、機械関係か工業関係の仕事についている。効率よく殺しているし、いままで警察の追及をかわしていること からみて、年齢は若くても30代半ば、頭はかなりいい。知能指数を調べれば、普通以上だろう。夜尿症、放火、そして動物虐待、 あるいはこのうち少なくとも二つの前歴がある。
「もう一つ」わたしはしばらく言葉を切ってから言った。
「殺人者には言語障害があるでしょう。」
ほかの人が来そうもない、隔絶した場所であるにもかかわらず、後ろからふいに襲って、めった刺しにしてあることからみて、犯人は、 自分で恥ずかしいかぶざまだと思う何らかの障害をもち、被害者をうまくだまして望み通りにさせることもできない人物である に違いないから、というのである。
<プロファイリング>
犯罪の手口や特徴から、犯人の性別、年齢、性格、職業、生い立ち、異性関係などを導き出す心理学的、統計的手法(訳者あとがき)
連続殺人者や強姦魔は、あらゆる犯罪者のなかでいちばんつかまえにくい。彼らには怒りや貪欲、嫉妬、利害、復讐といった、「理屈の とおった」動機が見当たらないからだ。同情や罪悪感あるいは自責の念といった、「正常な」人の感情からはほど遠い、彼らのような 犯罪者を捕まえるためには、
「彼らと同じように考えることを学ぶしかなかった。」
1977年、FBIのごく小さな組織にすぎなかった行動科学課に配属された著者は、服役中の大量殺人犯に面接して、犯行の動機や 手口の情報を本人の口から聞く作業に取りかかることにした。
釘抜きハンマーで繰り返し殴って殺し、首を切断した母親の死体をレイプした、「女子大生殺し」のエド・ケンパー。
妊娠8カ月のシャロン・テート惨殺事件を教唆した、「カリスマ指導者」のチャールズ・マンソン。
・何のせいで性犯罪者になるのか?
・何が犯行をうながし、あるいは抑制するか?
・どんなタイプの性犯罪者に対して、どんなタイプの反応が有効か?
・何が、彼の危険性、思惑、性癖そして扱い方を言外に示しているか?
これは、犯人を割り出す「プロファイリング」という手法が、凶悪犯との地道な面接により彼らの心理や行動を分析するなど、綿密な データを積み上げることで、どのようにして実効性のある科学的方法に高められ、どのような成果をあげてきたかを語った実録本 なのである。というわけで、冒頭のプロファイリングに戻ると、
逮捕された犯人は、印刷学校の工芸教師で50歳、性犯罪で投獄経験のあるデイヴィッド・カーペンターという男だった。
彼は、威圧的で虐待する母親と、少なくとも精神的に虐待する父親とに育てられた。子供のとき知能指数は平均以上だったが、 ひどい吃音のせいで、いじめられた。慢性的な夜尿症と動物虐待も子供のときの特徴だった。成人してからは、怒りと欲求不満は予測 できない発作的な怒りとなってあらわれるようになった。
2017/12/10
「サラバ!」 西加奈子 小学館文庫
まるきり知らない世界に、嬉々として飛び込んでゆく朗らかさは、僕にはない。あるのは、まず恐怖だ。その世界に馴染める のか、生きてゆけるのか。恐怖はしばらく、僕の体を停止させる。そして、その停止をやっと解き、背中を押してくれるのは、諦めで ある。自分にはこの世界しかない。ここで生きてゆくしかないのだから、という諦念は、生まれ落ちた瞬間の、「もう生まれてしまった」 という事実と、緩やかに、でも確実に繋がっているように思う。
<僕はこの世界に、左足から登場した。>
逆子だったからとはいえ、母の体外にそっと、本当にそっと左足を突きだして、ついでおずおずと、右足をだした・・・らしい、そんな 登場の仕方が「とても僕らしい」と、「歩(あゆむ)」が思ってしまうことになったのは、
何かを美味しそうに食べるということをしない、無口で長身の優しい父に見守られながら、ほとんど直感で「好き」、「嫌い」を決めて しまい、全く揺らぐことのない自己チューで美人の母と、「かまってほしい」という気持ちからか、その場で一番のマイノリティである ことに全身全霊を尽くすようになった猟奇的な姉と、
「母VS姉、そして、その間をオロオロと揺れ動く父」という盤石な図式が顕在していた、「圷(あくつ)」家に生を享けたからだった のだろう。
圷歩がそこから歩むことになった37年の半生と、その節目ごとに見え隠れする家族の物語を、思い出語りとして描き、第152回 「直木賞」に輝いたこの超話題作に、今さら暇人ごときが、新たな賛辞を送ったところで評価が変わるわけはないのだから、ここでは 物語の本筋から少しずれたところの感想を述べるにとどめておこう。
何の気負いもなく皆から離れ、「寂しい」とか「こっちを見て」に類するややこしい雰囲気を微塵も出さない、「みやかわ さき」を 相手に選んだ、幼稚園での<クレヨン交換>。
女子と群れない孤高の女子生徒だったから好意を寄せたにもかかわず、恋人になり自信を得た途端、トキメキを失ってしまった、 「有島美憂」との14歳の<恋の顛末>。
恋愛感情も、性的欲望もまったく抱くことなく付き合える人生初の女友達となった、股のゆるい女「鴻上なずな」との 大学映画サークルにおける<奇妙な交遊>。
ことを荒立てたくないために、いつも受け身であることを、「頑張ってる人のことを見下している。」と糾弾され、あっけなく終わった 「晶」との<理想の恋との訣別>。
30歳を過ぎ(薄毛になって)、かつての恋人に比べ格段にレベルの低い女と付き合ってやっている思っていた、、そんな「久留島澄江」 に見事に裏切られた<衝撃の電話>。
「いつまで、そうやってるつもりなの?」
じっと何かを待つだけで、自らは決して動こうともせず、人間関係のいざこざをすべて相手のせいにして、つまりは母と姉のせいにして 過ごしてきた。こんなことを、いつまでも続けるわけにはいかないことなど、本当は自分が一番わかっていた。わかっていたからこそ、 逃げていたのだ。
変わった行動を繰り返し、家族をめちゃくちゃにして、歩の人生から抹殺されていた姉は、放浪の旅の末に世界で一番美しい、動ける 「ご神木」となって戻ってくる。
「あなたが信じるものを、誰かに決めさせてはいけないわ。」
そう、これは物語のほんの一部の、歩の女性遍歴だけ取り上げても、彼女らのすべての言葉が「へたれ男」の胸に突き刺さる、極め付き の逸品なのである。
ここに書かれている出来事のいくつかは嘘だし、もしかしたらすべてが嘘かもしれない。登場する人物の幾人かは創作だし、すべての 人が存在しないのかもしれない。僕には姉などいなくって、僕の両親は離婚しておらず、そもそも僕は、男でもないかもしれない。
あなたは、あなたの信じるものを見つけてほしい。
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