It is a truth universally acknowledged, that a single man in possession of a good fortune, must be in want of a wife.
(『PRIDE AND PREJUDICE』 Jane Austen )
<金運に恵まれた独身の男は奥さんを欲しがるはずだとは、世のなかの誰もが認めるところだ。>
(『思い上がって決めつけて』 片岡義男 )
<世間一般にきまりきったことで、男は独り身で財産があるとなれば、さあ、あとは妻を娶らなくては、という話になる。>
(『結婚狂想曲』 鴻巣友季子 )
・二人があげた課題小説の中から編集部が次回の課題と締切を提示する。
・二人には訳す範囲のコピーしか与えられない。
・対談当日まで既訳を参照してはならない。
・おたがいの訳文は対談当日まで見ることは出来ない。
と、チャンドラー、サリンジャー、カポーティ、ポーなどの、すでに定評のある翻訳も出ている<名作>をあえて俎上に乗せて、簡単なルール設定の
下に始められた、この『翻訳問答』という、ある意味で無謀な翻訳家同士の真剣勝負に挑むことになったのは、
「翻訳家は名前が出れば出るほど自分を消せなくなっていくジレンマを抱えています。それでも、もっとも有名な翻訳者ですら、<自分を消したい>
<透明になりたい>と言うのですね。それならば、たとえば<村上春樹>という名前を変えて翻訳を出してはどうでしょう(笑)。」と、「透明な
翻訳」が読みやすい翻訳であるということの意味を、もう何十年も考え続けているという鴻巣友季子に、
「翻訳の原文忠実度を測る基準として、原文が透けて見えることが求められたのですね。それがいわゆる<翻訳調>という文章の書きかたですか。
これから読者に求められるのは、まるで原文で読んでいるような気分にさせてくれる翻訳でしょう。」と面白がってみせた片岡義男は、自らの小説
の文体が<翻訳文体>と評されるのは、小説のために使う自分の日本語を発見しなければならないという努力の結果なのだという。
そんなわけで、冒頭1回戦の課題に選ばれたオースティンの課題のタイトルにしてからがすでに、『高慢と偏見』が一般的だけれど、少しいま風に
『結婚狂想曲』と遊んでみました、という鴻巣に対し、PR―の頭韻を旧来通り意識して、脚韻に踏ませながら『思い上がって決めつけて』と、
画期的にまとめてみせた片岡の、丁々発止は初っ端から炸裂することになるのだが、
『翻訳問答』が、落語の「蒟蒻問答」を意識したものであることは言うまでもないのであれば、これはむしろ、清冽な早朝の空気を切り裂くかの
ように交わされていく禅問答を聞くような、鮮やかな読み心地満載の逸品であるというべきなのかもしれない。 1801 -- I have just returned from a visit to my landlord -- the solitary neighbour that I shall be troubled with.
(『WUTHERING HEIGHTS』 Emily Bronte )
<1801年――家主を訪ねて私はいま帰ったばかりだ。この家主は私がこれからかかわり合うただひとりの隣人となる人だ。>
(『嵐が丘』 片岡義男)
<1801年――いましがた、大家に挨拶をして戻ったところだ。今後めんどうなつきあいがあるとすれば、このお方ぐらいだろう。>
(『嵐が丘』 鴻巣友季子 )