The English language seems to be the most important communication tool for the international world.
But now it must be a kind of English which can be learned quickly and used very easily - not like Standard English.
The people who know a little are already using what they know. It woks for them - a little.
「1500語」の単語とその派生語だけを使って、シンプルな表現を目指すようにすれば、非ネイティブでもわずか1年で、「ご覧の通り」
(上の文章はその「globish」で書かれているのである)、誰にでも通じる「英語術」を身につけることができる・・・
なんてことを言えば、
「ちゃんとした英語(Standard English)」を苦労して身につけた方々からは、そんなことしたって「十分上手な英語」を使えるようにはならない
だろう、とお叱りを受けることだろう。
しかし、ご心配なく。
「ちゃんとした英語」を身につけることも出来ず、引け目を感じてきた身にとっては、たとえ「下手な英語」であろうとも、とにかく
「伝わればそれで十分」なのである。
え?
日常会話ならそれでいいかもしれないが、ビジネスの世界ではそれは通じない。だいいち、こちらの言っていることが伝わったとしても、
相手の言葉が理解できないよ、だって?
It does seem English has won the competition of global communication. Although it used to give people an edge in international
business, one observer now states it this way; "It has become a new baseline; wihtout English you are not even in the race."
So now the competition is over. No other language could be more successful now. Why is that?
確かに、グローバル・コミュニケーションのツールとしての競争は、すでに英語の圧勝に終わっており、
「英語ができなければ参戦することすらできない」のかもしれないが、それは逆に、英語を習得した人に与えられてきた
「競争優位性」が失われてしまったことをも意味していることになる。
国際的なコミュニケーションにおいて、英語のネイティブ・スピーカー同士で行われているものはわずかに4%。
残り96%の非ネイティブが関わっているコミュニケーションの場においては、「自分たちは英語以外の言語を学ぶ必要はないと考えている」
ネイティブの存在こそが、逆に活発な議論の進行を妨げているのである。
つまり「グロービッシュ」とは、英語が話せない人が「通じる英語」を見につけるための速習法などではなくて、
むしろ、英語しか話せない人が、自分の立派すぎて通じない英語を、英語が話せない人に理解してもらうためには、
「どこまで降りていけばいいのか」という「思いやり」の作法を示したものであるというべきなのかもしれない。
There is a level of English that is acceptable for most purposes of understanding. This is the level that Globish aims to show.
As we will see in greater detail, Globish is a defined subset of English. Because it is limited, everyone can learn the same English
words and then they can understand each other. Globish uses simple sentence structures and a small number of words,
so you have to learn less. And it can be expanded easily when people choose to do this.