徒然読書日記200908
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2009/8/31
「ここがロドスだ、ここで跳べ!」 山川健一 北国新聞
この言葉は、イソップ寓話に収められた「ほら吹き男」の話に出てくる言葉なんだよね。古代競技のある選手が、 遠征先から帰ってきて自慢話をし、
「おれはロドス島では、五輪選手も及ばないような大跳躍をした。皆がロドス島へ行くことがあれば、その大跳躍を見た観客が 快く証言してくれるだろう」と言ったところ、それを聞いていたうちの一人が、
「そんな証言は要らない。君が大跳躍をしたと言うなら、ここがロドスだ、ここで跳べ!」と言った、という話だ。
(山川健一氏のブログより)
それが、マルクスの『資本論』の一節に引用されて、全共闘世代にはよく知られる言葉となった。
北国新聞の連載が終了したこの小説は、恋人・優里と一緒に学生運動のデモに参加していた直樹が、 「あの時、あそこで跳んでいたら・・・」というお話なのである。
ベンチャー企業を起こして成功をおさめ、高級マンションに住み、高級車を乗り回し、取り巻きの美女たちとの浮名を流すという、 誰もがうらやむ人生を謳歌している直樹は、ある日、コンビニの深夜アルバイト「鳥男」との出会いから、 「もう一つの人生」を歩み始めることになる。
そこには「あの時、あそこで跳んでいた」直樹が歩んできた、どこにでもあるような「平凡な生活」があった。
そんな直樹がようやく、愛する女性と子どもに囲まれて、平凡な毎日を送るということこそが、かけがえのない「宝物」である ということに気付き始めた時、
「鳥男」が再び目の前に姿を現した・・・
これって、まんま『天使のくれた時間』(ニコラス・ケイジ)なんですけど・・・
と思いつつも、結局最後まで、結構真剣に読み通してしまったのは、 「あそこの別れ道で、選び直せるならって」(さだまさし『主人公』)思いを抱えながら、 「もちろん、今の私を悲しむつもりはない」親父の、琴線に触れる部分があるからなのだろう。
「そこに来てるの」
直樹は優里を見る。
「君にも鳥男が感じられるのかい?」
「そうじゃないわ」
「じゃあだれが来てるの?」
「娘よ。隠れてなくていいわよ。出ていらっしゃい」
優里が声をかけると、倉庫の角から、真っ白なワンピースを着た女の子が顔を覗かせるのが見えた。
「亜衣――」
直樹は弾かれたように、少女のほうに駆け出した。
2009/8/31
「夜想曲集」―音楽と夕暮れをめぐる五つの物語― カズオ・イシグロ 早川書房
三つのバンドが同じ広場で同時に演奏したらめちゃめちゃにならないか?いや、その心配はない。サンマルコ広場は十分に大きくて、 ここをぶらつく観光客の耳には、一つのバンドがフェードアウトしてから別のバンドがフェードインしてくる。 ちょうどラジオのダイヤルを回すような感じだ。観光客が気にするのは、むしろクラシックの過剰だろう。名高いアリアばかりが、 これでもかとインストルメンタルでつづくのを嫌がる。サンマルコ広場に最新のヒットソングを期待する人はいないとしても、 誰でも何度かに一度くらいは自分の知っている曲を聞きたいはずだ――昔懐かしいジュリー・アンドリューズとか、 ヒットした映画のテーマ曲とか。(「老歌手」)
サンマルコ広場の「ジプシー」ギタリストである私は、ひょんなことから母親が憧れていた往年の名歌手と出会い、 風変りな最後の「独演会」の伴奏を務めることになる。(「老歌手」)
姉夫婦が経営するカフェに夏の間の居候を決め込んだシンガーソングライター志望のぼくは、目指す方向の違いから 「些細な諍い」を繰り返す音楽家の夫妻と「すてきな瞬間」を共にすることになる。(「モールバンヒルズ」)
この2編の間に、
「降っても晴れても」(大学時代の親友夫婦の自宅に久しぶりに招かれたぼくは、ごたごたしている夫婦仲を取り持つ役割を期待されるが、 悪戦苦闘するうちに・・・)
「夜想曲」(離婚の危機から整形手術を受けたサックス吹きのおれは、隣の病室の元女優と夜中に騒動を繰り広げる)
という、一種の「ドタバタ喜劇」を挟んだ後の最後の一編は、
自らの「才能」を信じる若きチェリストのティボールは、求愛を逃れてホテルに隠遁する自称「チェロの大家」から 個人レッスンを受けることになる。しかし、彼女は「チェロが弾けない」のだった。(「チェリスト」)
まさに、「ラジオのダイヤルを回す」たびに、「一つのバンドがフェードアウトしてから別のバンドがフェードインしてくる」
―音楽と夕暮れをめぐる五つの物語―
は、それぞれに夫婦の間のちょっとした「すれ違い」(えてしてそれが大きな隔たりにつながることになる)を主題に採りながら、 「老いることの哀しみ」や「叶えられなかった夢」、「見出されなかった才能」に色づけられた甘酸っぱい「変奏曲」を奏でているのである。
わたしたちのような人間は多くありませんが、出会えば互いにわかります。わたしはチェロを弾けません。事実です。 でも、それで何が変わるでしょう。わかって。わたしは大家です、ティボール。ただ、包み隠されたままの大家です。 あなたもまだ完全に解かれてはいません。この数週間、わたしがやってきたことは包みを解くこと、あなたを覆ういくつもの層を剥がすこと、 そのお手伝いでした。だまそうとしたことなどありません。百人のチェリストのうち九十九人までは覆いの下に何も――包み隠そうにも、 何も――ありません。わたしたちは特別です。
2009/8/27
「1Q84」 村上春樹 新潮社
「そいつは何をやらせてもとにかく駄目なんだ。何ひとつまともなことがやれない。服のボタンも満足にとめられないし、 自分のケツだってうまく拭けない。ところが彫刻だけはやたらうまかった。何本かの彫刻刀と材木があれば、 あっという間に見事な木彫りを作ってしまう。下描きも何もなく、頭の中にイメージがぱっと浮かんで、 そのままものを正確に立体的に作ってしまうんだ。とても細かく、リアルに。一種の天才だよ。たいしたものだった」
「サヴァン」と青豆は言った。
「ああ、そうだ。俺もあとでそれを知った。いわゆるサヴァン症候群だ。そういう普通ではない能力を与えられた人間がいる。 しかしそんなものがあるなんて当時は誰も知らなかった。知恵遅れのようなもんだと思われていた。頭の働きは鈍いけど、手先が器用で、 木彫りがうまい子供だと。」
村上春樹の待望の新作長編が、発売早々大変な売れ行きを示しているというテレビニュースで、この本の表紙を初めて目にした時、 ああ、D・キースの『アルジャーノンに花束を』みたいな物語なんだろうなと思ってしまった人は、私以外にどれほどいたことだろうか。
『IQ84』(あい―きゅう―はちじゅうよん)
ところが実際には、それはG・オーウェルの近未来小説『1984』を土台に、「ビッグ・ブラザー」ではなく「リトル・ピープル」 に支配されようとする、近い過去の異世界を描いてみせたものだったのだ。
『1Q84』(いち―きゅう―はち―よん)
さて、冗談はこれくらいにしておこう。
冒頭の「身の上話」は、カルト教団のリーダー暗殺に成功したこの物語の主人公「青豆」に対し、ゲイのボディガード「タマル」 が語って聞かせたものなのだが、
「もう一度会いたいとかそういうんじゃない。べつに会いたくなんかないさ。今さら会っても話すことなんてないしな。」という 「ネズミしか彫らない男」のちっぽけな思い出が「俺にとっての大事な風景の一つになっている」ように、
「人が生きていくためにはそういうものが必要なんだ。言葉ではうまく説明はつかないが意味を持つ風景。 俺たちはその何かにうまく説明をつけるために生きているという節がある。俺はそう考える」
という、それはこれから果てしない逃亡の旅に出ようとする「青豆」への、信頼の絆で結ばれた無口な男からの 「はなむけ」のメッセージだった、
という具合に、
話の本筋とはあまり関係のなさそうな挿話にさえ、魅力的な物語が仕掛けられているという意味で、 この本は過剰なまでに読み心地がいいのである。
この本を「どのように読めばいいのか」については、すでに各紙・誌において、多士済々、様々な論考が展開されていることでもあるので、 私ごときが何を付け加えるものでもないが、
「続編がある」のかないのかという大問題も含めて、ようは自分の「好きに読め」ばいいのである。
それにしても、物語のもう一人の主人公「天吾」の元に戻ってきた「ふかえり」は、実は失踪した「ふかえり」が 「空気さなぎ」によって自らの手で作り出した「ドウタ」を送りこんだものだった、なんてことはないのだろうか?
だとすれば、月は3つ出ていることになる。
「そしてこの1Q84年にあっては、空に月がふたつ浮かんでいるのですね?」と彼女は質問した。
「そのとおり。月は二つ浮かんでいる。それが線路が切り替えられたことのしるしなんだ。それによって二つの世界の区別をつけることができる。 しかしここにいるすべての人に二つの月が見えるわけではない。いや、むしろほとんどの人はそのことに気づかない。 言い換えれば、今が1Q84年であることを知る人の数は限られているということだ」
2009/8/20
「一勝九敗」 柳井正 新潮文庫
世間一般には、ぼくは成功者と見られているようだが、自分では違うと思っている。本書でも触れたように、 実は「一勝九敗」の人生なのだ。勝率で言うと一割しかない。プロ野球のピッチャーではすぐに首になるか二軍落ちは確実だ。 もし、これでも成功と呼べるのなら、失敗を恐れず挑戦してきたから今の自分があるのだろう。野球でも盗塁の成功率が高いチームは、 盗塁をねらって走る回数が非常に多い。刺されることを考えていては走れない。走れば走るほど盗塁成功率が上がってくる。 経営にも同じことが言えよう。
と語るのは、株式会社ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長の柳井正氏。
未曾有の金融大不況により、名だたるお金持ちの皆さんが軒並みその所有資産の評価を落とす中で、「日本一のお金持ち」の座に躍り出た、 言わずと知れた絶好調企業「ユニクロ」のオーナーである。
この本は「フリース」の大ブームが一段落して、「会社にとってもぼくの経営者人生にとっても大きな転換点」を迎えた時期に、 「会社経営の原点である経営理念や方針をきちっとしたかたちで書き留めておくことに意味がある」と書かれたものなので、
会社を経営する上で一番重要なのは「どういう会社にしたいのか」と、「どういう人達と一緒に仕事をしたいのか」を明確に示すことだ
という明確な信念に基づいて、失敗に学びながら一つづつ付け加えていったのに違いない、23カ条にも及ぶ「経営理念」など、 「家業の紳士服店」を「カジュアルウェアのトップ企業」に急成長させた、独自の経営哲学が披露されている。
とはいうものの、
一番いい会社というのは、「社長の言っていることがそのとおり行われない会社」ではないかとぼくは思う。 社長の言っていることを「すべて」真に受けて実行していたら、会社は間違いなくつぶれる。
というのは、後任と見込んでいた副社長の沢田氏に社長就任を蹴られたり、その後社長に据えた玉塚氏を突然解任したりの騒動をみると、 いささか意外だったのだが、
なるほど、「表面的に社長の言うことを聞く」のではなく、「社長が言いたいことの本質を理解すべき」だというのが、 「立派な会社」の条件だというのである。
思うに、「一勝九敗」の「失敗の歴史」から学べ、という経営哲学を標榜しておきながら、 「九敗」を帳消しにしてしまった「一勝」の大逆転勝利の興奮を、どうしても忘れることができないのは、実は柳井さん自身ではないのか、
だからこそ、自らの後継者には「徹底的な勝利」を求めてしまい、少しぐらいでは「物足りなく」感じてしまうのではないか、 と勘ぐってしまうのだった。
「ファーストリテイリング」とは、「店は客のためにあり、店員とともに栄える」という「顧客第一」主義を言うのかと思っていたのだが、 「早い小売」という意味だったとは、恥ずかしながらこの本を読んで初めて知った。
「お客様の要望をすばやくキャッチし、それを商品化し、店頭ですぐに販売する」
なるほど、それこそが会社を経営することの意味であり、そうでなければ会社など存在する意味がないのだということに気付かされたのが、 私にとっての最大の収穫ではあった。
「会社とは一種のプロジェクト、期限のあるもの、と考えるべきではないだろうか。収益を上げられない会社は解散すべき、ともいえよう。」
会社とは本来、つねに実体がなく、非常に流動的で、永続しない可能性の強いものなのだ。そもそも、最初にビジネスチャンスがあって、 そこにヒトやモノ、カネという要素が集まってきて、会社組織という見えない形式を利用して経済活動が行われる。 しかし、経営環境は常に変動する。当然のことながら、金儲けやビジネスチャンスが無くなることがある。 そうすれば、会社はそこで消滅するか、別の形態や方策を求めて変身していかざるを得ない。
2009/8/19
「ずばり東京」 開高健 光文社文庫
芥川賞をもらったのが昭和32年(1957年)のことで、いっぱし作家として公認、免許をとったわけだが、 もともとプロの作家になろうという心の準備なり、覚悟なり、鍛錬なりが積んであるわけではなかったから、たちまち壁にぶつかり、 鬱症も手伝って、ひどいスランプに陥ちこんだ。流砂に下半身をくわえこまれたようなもので、毎日、朝からウィスキーを飲んで、 不安と絶望をうっちゃっていた。一日にトリスなら二本、角瓶なら一本を服用していて、 風呂に入るとお湯がアルコールの匂いをたてるくらいであった。もちろん机の原稿用紙は白いまま。
そんな「悪酔の日々」を送っていた開高は、「一時代からつぎの時代への過渡期」を迎えようとしていた「トーキョー」の町へ繰り出し、 そこで出会った「時代のうねり」や「町の喧噪」を、隈なく描出してみせようとする迫真のルポを繰り返す中で、
「ノン・フィクションといっても、目撃したり感知したりしたすべてのイメージを言葉におきかえることはできないのだから、 それはイメージや言葉の選択行為であるという一点、根本的な一点で、フィクションとまったく異なるところがない」ことを確信し、 やがて「ヴェトナム戦記」を筆頭とする珠玉の「ノン・フィクション・ノベル」を生み出していくことになったという意味で、
これは開高にとっての「デッサン」帖なのであるが、
「深夜喫茶」、「タクシー運転手」、「遺失物収容所」、「下水処理場」、「トルコ風呂」、「上野動物園」、「交通裁判所」、 「少年鑑別所」、「紙芝居」、「競馬予想屋」、「人間ドック」、「縁日」、「都庁職員」、そして「東京五輪開会式」・・・
そこに、まるでなめるかのように素描された「オリンピックを迎えようとする巨大都市・東京」は、 「官僚たちの夏」に描かれているような「奇跡的な高度成長を遂げつつある雄々しき姿」でもなければ、 「三丁目の夕日」の郷愁をもって振り返るような「憧れの麗しき30年代」でもなく、
「オンタイムではさほど大したもんではなかった」(泉麻人)、 いかにも「生臭い」今の私たちにも馴染み深い「トーキョー」の姿だったのである。
あちらこちらと都をほっつき歩いてみたが、知れば知るほどいよいよわからなくなった。この都をどう考えてよいのか、 私にはよくわからない。狂ったような勤勉さで働いているかと思うと朝の九時からパチンコ屋は超満員である。 外人にこれほど親切な都もないが、日本人どうしはソッポ向きあって知らん顔である。超近代式のホテルや競技場があるかと思うと、 その外側にはマッチ箱みたいな家が苔のようにおしあいへしあいヒシめいている。 下水道が二割ぐらいしかないのに高速道路がありモノレールがある。中曽根康弘氏に会って話を聞くと政界ほど腐敗をきわめたところはなく、 毎年毎年その腐敗は深まるいっぽうであるということだけれど、 だからといって国が空中分解してどうにもならぬというようなことは起こらない。
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