徒然読書日記200710
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2007/10/18
「鯨の王」 藤崎慎吾 文藝春秋
「お、何だよおまえ」「いや・・・ちょっと寒気がしたんだ」「寒気?」
すると屈強な体つきをした黒人の男が眉をひそめる。
「俺も今、妙な感じがした」「よせよおい、今度は幽霊ごっこか」「いや、本当だ。なんかこう首筋を逆撫でされたような・・・」
潜水調査船<しんかい6500>に乗り込み、小笠原海溝の脇に位置する鳴海海山に向かった鯨類学者・須藤は、 水深約4000メートルの海底に横たわる四角い骨の列を発見する。 それは、地球最大の生物とされるシロナガスの30メートルをも凌駕する、40メートル近い新種の鯨のものであるように思われた。
艦長の額が、まるで泡立つように動き始めた。続いて副長補佐のこめかみあたりも奇妙な形に膨らんでいく。 それぞれの口からは人間のものとは思われない無気味な声が漏れていた。
やがて長く引きずるように続いていたその声が、ぴたりと止まる。 すると周囲から恐怖に怯えた視線が注がれる中で、いきなり二人の頭は爆発した。
これほどまでに巨大な鯨(ダイマッコウ)が、なぜ今日まで、誰にも発見されることなく、生き永らえてくることができたのか。
そして、彼らはなぜ突然、怒りをぶつけるかのように、人間を襲うようになってしまったのか。
放射性廃棄物の効率的な処理方法を探ることを目的に設置された、海底熱水鉱床探査基地<ロレーヌクロス>を舞台に、 「ダイマッコウ」の捕獲を目論む、商売上、宗教上の様々な思惑が展開される中、 純粋に学問的な興味から首を突っ込むことになった須藤の目の前で、 ついに、史上最強の攻撃型原潜「ポーハタン」と、「鯨の王」との壮絶な闘いが始まるのだが、 「ダイマッコウ」たちの怒りの、真の理由を知ってしまった以上、残念ながら「軍配」は「鯨の王」に挙げざるを得ないのだった。
「クジラたちが同時に鳴いています。とてつもない音圧だ。やつらが鳴くと、続いて艦内から異常音が発生します」
ドノヴァンは目を見開いた。
音響映像には、まだ五頭のクジラが映っている。相変わらず横一列に並んで泳いでいた。そして大きな頭部を<ポーハタン>の方へ向けている。
「やつらだ」ドノヴァンは思わずモニターを指さした。
「やつらがイージスシステムの真似をしている。衝撃波を絞って、船の内部を破壊しているんだ」
2007/10/17
「だまされる脳」 講談社ブルーバックス
私たちが経験しているこの光景や音楽などは、すべて脳によって作られたものです。 物理的な光にはもともと「色」はなく、音波には「音」はありません。圧力には「痛み」は存在しないし、 「甘さ」は砂糖の物理的属性ではありません。
にもかかわらず、
「私たちは普通自分の感覚を疑わないし、この活き活きとした主観的感覚こそ現実感である」
とさえ考えてしまうのは、なぜなのか?
網膜で捉えた「二次元の情報」から、「三次元の世界」を構築するために、私たちの脳は「両眼の視差」以外にも、 「眼筋の動き」や「遠近法の知識」など様々な手がかりを活用している。
騒然としているパーティ会場で「今あなたと会話している人とは別の人が、離れた場所からあなたに呼びかけた」その声を「聞き分ける」ために、 あなたの脳はどのようにしてこの難解な「多変数方程式」を解いているのか。
ここで大切なことは、こうした「脳の処理」(=解釈)が、「私たちの意識には上らないところで、自動的に、無意識の水準で行われている」 というところにある。
つまり、恐るべきことに、私たちは、「身体による脳の神経活動パタンによる体験」と、 「シミュレートされ脳に直接送り込まれた人工的な神経活動パタンによる体験」とを、区別することはできないことになる。
まさに「THE MATRIX」の「水槽の中の脳」の世界ということになるが、「悪の帝国」による乗っ取りを恐れるよりは、 身体の運動を制御する脳波を直接コンピューターと接続することにより、「失われた視力」や「運動能力」を回復するといった、 「明るい未来」の方が、先に到来しそうな情勢なのである。
私たちの脳が確かに意識を持った存在であることの証と考える、活き活きとした鮮明な感覚経験(つまりクオリア)こそが、 実は皮肉にも脳による最大の虚構であるわけですから、私たちが知っている日常の世界が究極のバーチャルリアリティである といえないこともありません。
2007/10/8
「日本語は天才である」 柳瀬尚紀 新潮社
そらちひえほしふるよ てんとうたきのゆはぬくもりいやます
ろへにおかみゑむせゐ われあつさけをなめねこ
2004年、山形県天童市の滝の湯ホテル「竜王の間」で闘われた将棋の竜王戦の、観戦記を務めることになった著者が、 ホテルの手厚いもてなしに感謝して贈った歌である。
「いろは歌」というのがあって、「いろはにほへと・・・」と、四十七文字をそれぞれ一回だけ用いて「意味」のある歌にしたものである、 ということは、もちろんご存知だろうとは思うけれど、 (いや実は、この本の中に、最近の若い人の中には「いろは歌」を知らないという人も多い、なんて書いてあったもので、念のため。)
この歌は、さらにそれに「ん」も加えた四十八文字を、一回ずつ使って作られているのである。 しかも、ご丁寧にも「ご当地ソング」になっているというわけなのだ。
「空地冷え星降る夜 天童滝の湯はぬくもり弥増す
炉辺に女将笑む所為 吾熱酒を舐め猫」
もちろん、最後の猫は「字余り」などではなく、愛猫家の著者のご愛嬌である。さて、
The quick brown fox jumps over the lazy dog.
というのは、今度は英語のアルファベット26文字すべてを使った「意味」のある文章なのではあるが、 残念ながらいくつかの文字が「重複」している。(これは著者が作った文章ではない。)で、これを「達人」が日本語に訳すとなると、 「敏捷い茶色の狐がのろまな犬を飛び越える。」なんて芸のない直訳なんかではなくて、
「狐、知恵あり。ぐうたら弱助犬を、それ、一、二、三!跳んで越え、お山へ走る。ほろ寒に夢の所為かもな。」
(きつねちゑあり ぐうたらよわすけいぬを それ ひふみ とんてこえ おやまへはしる ほろさむにゆめのせゐかもな)
と見事に、重複なく、すべての文字を織り込んで見せてくれることになる、 というわけで、こんなこともできてしまう日本語は、英語なんか比べ物にならないくらい「天才である」というわけなのだが、
誰も訳出不可能と思われていた、J・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』の超訳を、見事に成し遂げてみせた という歴然たる事実を引くまでもなく、著者の傑出した「日本語力」こそが、「天才である」と呼ぶべきものなのであることは言うまでもない。
アルファれたベータ褒めに頑昧デ流謫の衛府私論を進ゼータれば得ータリとばかりシータり顔に御意御ー賜るる 合羽ラム濁酒のメニューぐるましく
「アルファれたベータぼめにガンマいデルタくのエプシロンをしんゼータればエータりとばかりシータりかおにぎょイオータもるる カッパラムダくしゅのメニューぐるましく」
(『フィネガンズ・ウェイク』より、ギリシア語のアルファベット織り込み文の超訳)
2007/10/5
「千年、働いてきました」 野村進 角川oneテーマ21
世界最古の会社はどこにあるのだろうか?
なんとなくヨーロッパのどこかの国、たとえばイギリスやドイツを思い浮かべがちなのだが、実はここ日本にある。
その会社、いつから現在まで続いているのか?
江戸時代?安土桃山時代?それとも室町?鎌倉?まさか平安時代?
日本には「創業100年以上の老舗が10万以上ある」と言われたところで、「意外に多いけど、まあそんなもんなのかなあ」 という程度のことではないかと思うのだが、お隣の韓国には1つもなく、アジアにおいては中国にさえほとんどない、 という事実を聞かされると、日本の特異性に驚かされることになる。
さすがにヨーロッパには、家業経営歴200年以上の会社のみ加入を許される「エノキアン協会」なる組織があるのだそうだが、 最古の企業でも創業640年、日本には、これより古い会社が100社近くあるのである。
そして、そんな日本の「老舗企業」の真の凄さは、ただ歴史が長いというだけではない、というところにあるのだった。
ベルトコンベアーに送られる前、羊たちは一匹ずつ仰向けにされ、脚の付け根あたりに注射をされる。
(中略:その後、白いネットで包まれて、放牧される。)
それからひと月ほどして、ネット羊たちはまた作業場に舞い戻ってくる。そのネットをオーストラリア人の作業員が二人がかりで外してみたら、 あれあれ、すっぽんぽんの羊が姿を現すではないか。
「羊の毛刈り」という重労働を劇的に軽減することに成功した企業の名は
「ヒゲタ醤油」
創業390年という醤油製造業の老舗中の老舗が、伝統的な「醗酵技術」を応用したものだった。
つまり、家業としての「手仕事」や「職人の技」を大切に継承しながら、時代の変化に対応して生き延びてきた、 というのが「老舗の半分近くが製造業」という、日本の老舗の特質を生み出しているということなのだ。
たとえば、携帯電話一つを取ってみても、
「折り曲げ部分」福田金属箔粉工業(創業307年)
「振動装置」田中貴金属工業(創業121年)
「液晶画面用鏡」村上開明堂(創業125年)
「人口水晶発信器」エプソントヨコム(創業116年)
と、まさに「老舗製造業」の伝統技術の集大成といった趣なのである。
そんな「老舗企業」21社の現場に足を運び、経営者にインタビューして聞き出してくれた「企業存続の肝」を、 著者は「老舗製造業五つの共通項」としてまとめてくれている。
1 同族だが、よそから優れた人材を取り入れるのを躊躇しない
2 時代の変化にしなやかに対応してきた
3 創業以来の家業の部分は頑固に守り抜いている
4 「分」をわきまえている
5 「町人の正義」を実践してきた
さて、冒頭の「質問」の「回答」である。
大阪の建築会社「金剛組」。
聖徳太子の命を受けて、難波に四天王寺を完成させたのが「仕事始め」というこの会社、創立は西暦578年、つまり飛鳥時代というわけで、 創業なんと1429年という「世界最長寿の老舗」なのである。
実は昨年、この会社が「破産申請」に追い込まれたという衝撃的なニュースを、ここでも取り上げたのだが、
創業「藩政期」?いえいえ「飛鳥時代」!
その「顛末」も、しっかり書いてあるこの本は、ぜひともご自分でお読みください。
2007/10/4
「左手の証明」 小澤実 Nanaブックス
「それでは判決を言い渡します」
法廷内はピンと張り詰めた空気に包まれていた。緊張の一瞬だ。正広は裁判官をじっと見ていた。裁判官の口が動く。
「主文。被告人を懲役一年六ヶ月に処する・・・この裁判確定の日から三年間、その刑の執行を猶予する」
2003年10月22日午前8時、朝のラッシュで混み合う西武新宿線高田馬場駅に電車が滑り込み、 人の波に押されながらホームに降りた正広は、突然通せんぼするかのように伸びてきた手に、着ていたトレーナーをつかまれた。
「痴漢!ふざけんじゃねーよ!!」
女子高生の大きな怒鳴り声がホームに響き渡った。
「僕はそういうことを絶対にやってません」
という本人の否認の訴えはまともに検討されることもなく、「逮捕」「起訴」から「裁判」へと事態は進み、 正広と家族(妻と2歳になったばかりの長男)との「ささやかだけど幸せな生活」は、瞬く間に破壊されていくことになった。
『Shall We ダンス?』の周防正行監督が映画化した『それでもボクはやってない』の題材となった「痴漢冤罪事件」の、 これは公判の傍聴記録に基づいた「ルポルタージュ」なのである。
被害者の女子高生は、右斜め後ろに立っていた正広の「左手」が下着の中に入ってきた、その左手首をつかんだ、と証言するのだが、 正広の左手首には、レア物の巨大な腕時計がはめられていた。
これ以外にも、公判の中で、次々と明らかになっていく、あっけにとられるほど「ずさんな捜査」の内実。
にもかかわらず、公判途中で人事異動で交代し、被害者の尋問を直接耳にしていないという、担当の裁判官が「憶測」に基づいて下した判決は、 「有罪」という驚くべきものだった。
「罪を認めたほうがはるかに早くしかも確実に自由になれる上、処罰も軽くて済む」にもかかわらず、 「家族」の励ましと「弁護団」「友人」達の懸命の努力に支えられながら、「控訴」してまで闘われた『左手の証明』のドラマは、 「絶対に闘って無罪を勝ち取らないと納得できない」という「人間の尊厳」を賭けたドラマなのだった。
「警察官がずさんともいえる犯行の再現実験などで、強引なまでに被告人の弁解を封じて一顧だにしない態度をとったために、 被害者は次第に被告人が犯人だと確信するようになってしまった。被告人と被害者との言い分を当初から冷静に吟味すれば、 あるいは本件は起訴には至らなかった事案ではないかと考えられる」
(「無罪」判決の「判決理由」より)
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