- 2003/9/21 「東京大学応援部物語」 最相葉月 集英社
- 8回裏、鶴崎リーダー長が「伝統の勝利の拍手」を舞う。「伝統の勝利の拍手」は東大に勝利のチャンスが訪れたときにリーダー長だけが舞うことができる拍手である。
毎夏の合宿で血を吐くような訓練が実施されてはいるが、鶴崎にとってこれが実践初めての「伝統の勝利の拍手」だった。もちろん、一度も舞わずに4年を終える者がほとんどなのである。
「勝ってるじゃないか!」(そうだー)今日は本当に勝ってしまうかもしれない。
「応援する人間は、応援される人間より強くなければならない」彼らが努力したところで、試合に勝てるわけではない。しかし人に対して「頑張れ!」と言えるためには、その人より努力しなければならない。
9回裏、19対0。選手ですら夢にも思っていない逆転を必死に信じて・・・「オーイ、東大、絶対にー、逆転だー」
私はこの本で、二度号泣したことを隠しはしない。
- 2003/9/19 「王を殺した豚 王が愛した象」 Mパストゥロー 筑摩書房
- 1131年、ルイ6世の長子「若王フィリップ」はパリ近郊で落馬し、数時間後に息を引き取った。当時それは、それ程珍しい事件ではなかった。落馬の原因が馬の脚の間に飛び込んだ「豚」であったという「悪魔的」事実を除いては。
当時「豚」はゴミ掃除をする家畜として都市を徘徊していた。将来を嘱望されていた国王フィリップの「豚に殺された」という「恥ずべき死」の刻印は、後を引き継ぐことになるルイ7世の失政という形で、その後のフランスの運命を大きく転換させることになった。
「アダムの蛇」「ノアの箱舟」から「ネス湖の怪獣」「クローン羊ドリー」まで、40の歴史上有名な動物を取り上げ、動物が社会の中で演じさせられてきた役割・象徴性を論じることで、人間の文化史に奥行きを与えようという、極めてユニークで、興味深い読み物である。
- 2003/9/15 「ZOO」 乙一 集英社
- 1篇目、2篇目を読んでいるあたりでは余裕なのである。できの悪い推理小説もどきのこんな本、最近の若い人はどうしてこんなものが面白いんだろうか?てなもんである。
しかし、3篇目「陽だまりの詩」あたりから、お尻がムズムズしてきて、4篇目「そ・ふぁー」で完璧にやられてしまう。あとはもうメロメロなのである。これまで読んできた「本」の類型に当て嵌めて安心することが不可能なのである。
個々の短編がそれぞれに個性的なことはいうまでも無く、そんな短編を10篇集めてしまったこの本の意図が類推不可能という意味で「新鮮」なのである。
「実験的」というにはあまりにも面白い、こんな本をわたしは今までに経験したことがない。
- 2003/9/13 「教養が試される341語」 谷沢永一 幻冬舎
- 「遺憾に思う」=「思いどおりにならず、心残り、残念、惜しいことをした」という意味で「あきらめきれない心情」を表し「お詫びの意味はまったく含まれない。」
ゆえに「日本語で最も悪用される言葉」であると谷沢先生はおっしゃる。政治家、経済人、教師、公務員。彼らは深々と頭を下げて「甚だイカンに存じます」といえば、その場を切り抜けることができると思っているのだと。
しかしよく考えてみると、彼らは言葉を極めて正確な意味で使用しているのであって「何で俺だけが」という「運の悪さ」を「遺憾」に思っているわけなのだろう。
以下、ことほどさように、340語。知ってて損はない「常識としての日本語」と、いささか癖のある谷沢的解釈が、「思考(sikko)と空想(kuso)の密室(wc)」にピッタリの一冊です。
- 2003/9/10 「サイバー経済学」 小島寛之 集英社新書
- 「3つのカーテンの裏に高級車が隠されている。あなたが一つを選ぶと、司会者は残ったカーテンのうち一つを開けて言う。『ここにはありません。さあそのカーテンでいいですか?換えてもいいですよ。』あなたならどうしますか?」
現代の経済学がもはや文科系の学問でなく、高級数学の知識必須の学問となっている(例えば確率微分方程式)のは常識であるが、この本はそうした確率論を踏まえたリスク制御の新しいテクノロジー(金融工学など)を通して、
「デリバティブの仕組み」「リスクの売買」「バブルの成り立ち」「デフレ均衡のメカニズム」などを驚くほど明快に解釈してみせる。しかも、難しい数式など一切抜きに。
その一つの武器が「ベイズ推定」。たとえば「三人の子供がすべて男の子の夫婦に、幸いにも四人目は女の子が生まれる確率は?」一般的な統計的確率論の考え方では、ほぼ五分五分ということになる。しかしそれは国民平均の話であって、この夫婦ではどうなのか?
「ベイズ推定」では「結果」から「原因」を推定する。三人続けて男という結果から、この夫婦の男子出生確率を推定するのである。結果は?四人目が女の子の確率は20%。客観的には受け入れにくいようだが、日常の話題の中ではよほど実感に近い結果である。
で、「ベイズ推定」が教える、冒頭のクイズの勝利戦略は?カーテンを替えたほうが二倍の確率で高級車ゲットにつながるのである。詳しくは本書をお読み下さい。眼から鱗が落ちることを保証します。
- 2003/9/8 「星々の舟」 村山由佳 オール読物
- こちらも本年度直木賞受賞作品。ある家族の、それも極めて重いテーマを引きずってしまった家族の歴史を、それぞれを主人公とした連作によって、つまり様々な視点から描いていて秀作(ということらしい?)。
というのも、「オール読物」では六編のうち二編のみの掲載で、次男と次女が主人公の話のみ。これだけでもメインの重いテーマに絡む、長女や母親の物語は想像できるのだが、評価が割れた最終話の父親の物語が不明。
「恥ずかしいけれど、書店の平積みを買わねばならんかなぁ。」と思い悩むほど、予想を裏切って楽しませてくれた逸品でありました。
- 2003/9/7 「4TEEN」 石田衣良 オール読物
- 本年度直木賞受賞作品。石田衣良という人は見た目が「年齢不詳」の「無理して若作りしたオカマ」みたいな雰囲気(まさに娼年という感じ?)の人なので、「池袋ウェストゲートパーク」以来、話題になっていても何となく手を出すのは気が引けていたのですが、
今回めでたく受賞され、お蔭様で無理なく作品を手に取ることができたことを、まずは素直に喜びたいと思います。で肝心の作品の印象ですが、「哀しいくらいに、想像していた通りだった。」というのが、偽らざるところです。
月島という「醤油の臭いが染み込んだ暖簾」のような「町」が、ウォーターフロント「大川端」という超高層超高級マンションの林立する「街」と並存するように、「子供」と「大人」が並存する「14歳」という微妙な存在を、瑞々しい感性で見事に描ききった、
という、極めて「類型的」な、それこそ「醤油の臭いが染み込んだ」ような批評がこれほど似合う作品はありません。これは決して貶しているわけではありません。「類型的」であればそれだけ、安心してその世界に浸ることができるというものです。
洒落た「びっくりプレゼント」には、その純真さにおもわず涙すること請け合いです。ぜひとも世の「14歳」の少年少女にこの作品を読んで、感想文を書いてもらいたいというのが、私の思いです。
- 2003/9/6 「陰摩羅鬼の瑕」 京極夏彦 講談社
- 待ちに待った「京極堂」の登場!のはずだったのだけれど、鳥の名前を始めとする難しい漢字の多用と、ページをまたがない組版への拘りが因となる不自然な段落割ばかりが(いつものことなのになぜか)気になって、期待はずれといってもいい出来栄えでした。
初っ端から「ネタ割れ」はしているし、伏線も効いていないし、そもそも肝心の京極堂の「薀蓄」が、今回はまったくの迫力不足。「本の厚みを出すというのが本来の目的なのだろうか?」と思わせるぐらいに冗長な部分も多々あり、かなり危険な域に嵌まり込んでしまったのでは
と、こちらが心配になるくらいでありました。「伊右エ門」「小平次」のシリーズの質の高さを思うと、今後はそちらの方向が主力となるのかもしれないと、逆に期待感が膨らんでくる始末でした。
- 2003/9/3 「ハリガネムシ」 吉村萬壱 文芸春秋
- 本年度芥川賞受賞作品。首をもがれた蟷螂のお尻から、宿主の危機を察知して飛び出してきた、驚くほど大きな「ハリガネムシ」。私たちは誰もが、体内に「ハリガネムシ」を飼っていて、抑えきれないほど成長したそれは、
ほんのちょっとしたきっかけで、宿主を食い破って飛び出してくる。テーマは「暴力」。自分より弱いものへの身勝手な「愛欲」と、過激化する「暴力」への衝動。
誰にもあるそんな「衝動」が、現実になるかならないかは、そうした衝動を無抵抗に受け入れてしまう「存在」の有無による。つまり、「相手が悪い」という論理を受け入れられたとき、あなたも「主人公」となる素質を持つことになる。
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