徒然読書日記
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2025/1/26
「楽園の犬」 岩井圭也 角川春樹事務所
サイパンにはあらゆる種類のスパイが跋扈している。・・・せいぜい十万人ほどの南洋群島に、なぜ、これだけスパイが溢れて いるかわかるか?
と顔色一つ変えずに尋ねた堂本の問いに対する、「米英と開戦すれば、海軍の前線基地になるためでしょうか」という麻田の答えは、 一点だけの訂正を受けた。
「開戦は仮定の話ではない。時間の問題だ。いずれ必ず来たる開戦の瞬間に備えて、誰もが情報収集をしているのだ。開戦した時点で、 大勢は決している。」
就職難の時代に東大を卒業し、女学校の英語教師となった麻田は、妻子も得て平凡だが充足した日々を送っていた。しかし、持病の喘息が 悪化して失職してしまう。そんな時、拓務省に所属する旧友から「君、南洋に行けるか」と持ちかけられた、転地療養を兼ねた南洋庁 サイパン支庁への赴任話は、渡りに船だったのだが・・・「赴任にあたっては一つ、頼まれてほしいことがある。サイパン駐在武官補の 堂本少佐の手足となって情報収集に励んでほしい。ただし余人には明かさないこと。」
<つまり・・・海軍のスパイとして市民を欺け、ということか>というこの本は、太平洋戦争勃発直前の1940年に、日本海軍のために 情報を集める“犬”となる密命を受けた麻田を主人公とする<異色の>スパイ小説である。
いわゆるスパイの活動には、敵国に潜んで機密情報を盗もうとする「諜報」と、そうした諜者から機密を守る「防諜」との2種類がある わけで、普通スパイ物と言えば前者で、敵地におけるスパイ暗躍のスリルを味わうものだが、この物語では後者で、スパイを見つける側の 防諜スパイという点が異色なのだ。
米国にサイパン島内の情報を提供していたという遺書を残して自殺した、鰹漁船団の大船長・玉垣と米国とのつながりの謎を解く第1章。
米国人と島民の混血で通訳としてサイパン有数の知識人として知られる男の養女となった、サイパンの大酋長の孫娘・ローザの、スパイ疑惑 を追いかける第2章。
そのローザの養父・セイルズが、唐突に海軍飛行場の傍に転居し隠棲した、その行動の意図を探るために接触を図る第3章。
そして、日米開戦の告知と同時に、突如行方をくらましてしまった堂本少佐の失踪への加担を、後任の在勤武官補から疑われる、今回 書下ろしの第4章。
といった具合で、長編のスパイ物と言いつつも、ひと連なりのお話の中に、いくつもの毛色の違った謎を埋め込んで、謎解きも楽しむという ミステリー仕立てなのだ。
サイパンに来てからというもの、人の死に触れることが増えた。首を吊った鰹漁師。夫婦になれず毒を呑んだ男女。皇民を自負する殺人者。
敵前逃亡の汚名を着せられた堂本は、「死んでいてほしい」という周囲の望み通り、南洋桜の下で白骨化した遺体となって発見される。 「なぜ、死んだのか。なぜ、無様でも生きていてくれなかったのか。」腹の底でふつふつと怒りを滾らせた麻田が、自身はどんな死に様を 選ぶことになったのか。それはぜひご自分で、新たに用意された「終章」で確かめていただきたい。
<死に触れるたび、どうしようもない生命の軽さが、記憶の底に降り積もった。人の命がこんなにも美辞麗句で装飾され、こんなにも粗末に 扱われていることを、麻田はこれまで知らなかった。>
2025/1/4
「詐欺とペテンの大百科」 Cシファキス 青土社
この本の読者は、なぜ、そんなにたくさんの人々が、しばしば馬鹿げていると思われるような悪ふざけや詐欺に引っかかるのかと 理解に苦しむだろう。
というこの本は、UPI通信の社会部記者からフリーのライターとなった著者が、1993年に出版した「ペテンの玉手箱」のような本である。 悪ふざけ、ホラ、作り話、でっち上げ、騙り、贋作、偽造など、何でもござれのオンパレードを、敢えてジャンル別に分けず、アルファベット 順に羅列したのは、いずれのペテン話においても、それが成功するのはむしろ被害者の側に、それを信じたいという大きな願望があるところが、 共通していることを示したいからだろう。騙される側は、彼や彼女の野心や優越感、偏見、金銭的利益などを、たとえそれが不当に得たもの であったとしても、満足させてくれることを欲しているのだ。
騙されたくなかったら、「人はなぜ騙されるのか?」という原点に立ち返って、考えてみるべきだというのが、このユニークな大百科の狙い なのである。
ほとんどの悪ふざけ屋や詐欺師を「天性」またはそれに近いものと見るのは、的確ではないだろう。
騙す側にしても、アメリカ最大の詐欺師として名高い「イエローキッド」ウェイルを始めとして、この本で取り上げられている名詐欺師たちの 立志伝を読んでみれば、驚くほど多くの詐欺師が、自分自身がまず他の詐欺師に騙されたことによってその道に入った、という驚くべき事実を 知ることになるだろう。自分自身が被害者となったからこそ、他の被害者に対して、何が有効で何が有効でないかがよく分かる。プロでさえ、 実地教育を受けて大きく育つのである。
さて、この本はいつも使っているほうのトイレに置いて読んでいたのだが、600ページ近い大部だったので、こちらも読み終えるのに随分 時間がかかってしまった。というわけで、少し古い話で恐縮だが、あの「ビッグ・モーター」事件の時に、絶妙のタイミングで「自動車に 関するあの手この手」という項目にぶち当たったのだが、他の項目とは違って、この項目だけはさらに小項目に分かれており、なんと50項目、 20ページ以上に亘って、自動車修理と保険詐欺の手口が解説されていたのだ。
・ウィンドウワイパー詐欺
・オイルゲージのごまかし
・ガソリンの銘柄の神話
・汚いオイル詐欺 などなど
「人は、ナンバープレートにカモと書かれた車に乗っているようなもの」だと、著名な自動車評論家は言っているのだそうで、どうぞご用心 ください。
真面目な方が、いくつかの項目が詐欺のやり方の「ハウツー」になってしまうのではないかと心配する必要はあるのだろうか?
<答えはノーである。>
なぜなら、詐欺という太陽の下には、実は何も目新しいものはなく、すべての手口は、古くからある詐欺の新しい形に過ぎないからである。
2025/1/1
「エンターテインメント作家ファイル108」―国内編― 北上次郎 本の雑誌社
それにしても、私の文庫解説は問題が多い。岡嶋二人の『どんなに上手に隠れても』徳間文庫版の解説を今読み返すと、他の小説に 触れることが多く、その『どんなに上手に隠れても』に触れたのは全体の5分の1にすぎない。これでいいのかね。
<ようするに私、その作品だけでなく、他の作品についても、自分が気になることについて、一度に全部書きたいのだ。>
というこの本は、「本の雑誌」の実質的編集長として独自の眼力で書評誌を主催してきた目黒考二が、別名で各誌に発表してきた書評、 20年分の集大成である。取り上げられたのは108人の日本作家で、作家単位、作品単位で3〜5ページの書評が,氏名のアイウエオ順に 列挙されていくのだ。
うまい小説だ。再読してまた唸っている。浅田次郎の世界を語るのに、これは恰好のテキストだと思われるので、本稿はこの小説から入る ことにする。
主人公が永田町のプラットフォームで、幼い日に地下鉄開通を見に行ったことを思い出しているシーンから始まる、たった6ページの プロローグだけで、生まれ育った複雑な家庭と、華々しい活躍をしている同級生たちに比べて見栄えのしない現在の鬱屈を、短い挿話を重ねて 巧みに提出してしまう、まことに秀逸な人物造形だが、それが他の作品にも散見できるところが興味深いという、浅田次郎『地下鉄に乗って』 から、
横山秀夫の小説が決定的に新しかったのは、警察小説でありながら捜査畑の人間を主人公にしなかったことだ。
犯人を捜し出すことが目的ではない管理部門の人間にとっては、「事件」はいつも警察内部に起き、それが表に出る前になんとか内部で処理 せねばならず、派手な事件は滅多に起きないが、それでもミステリーは成立し、謎はむしろ人の心の中にこそあることを鮮やかに描き出して みせた。このような物語の結構を持つことで、それまでの私たちが知らなかった決定的に新しいドラマが立ち上がってきた、横山秀夫 『陰の季節』まで。
既読の作家の作品に対する、新たな視点からの楽しみ方に気付かせてもらえることはもちろん、まったく知らない作家の作品についても、 これはぜひとも読まずにはおられないと、ただでさえ溢れている本棚に、新たな積読本を増やしてしまう、これがこうした書評本の困った ところなのである。
ちなみに、この本は20年くらい前に購入しており、あまり使用していないトイレに置いてあったものを、ちびちびと読んできたものなので、 紹介されている本も、随分古いものばかりではあるのだが、紹介本への溢れんばかりの書評者の熱情が、時間の壁を軽く乗り越えて、私たちの 胸に響いてくる。付録として収録された「この30年間の面白本ベスト30」も、<その時の気分で選んだ>ものとはいえ、それだけに臨場感 満点の逸品となっている。
う〜む、困った。残された時間が限られている暇人にとって、ますます、読む時間が足らなくなってしまった。
実を言うと、エンターテインメント小説の書評は、そのときどきで消費されればそれでいいと考えている。その本を買うかどうか迷っている 読者の指針になれば、それで充分だ。あとからこうして一冊の本にまとめなくてもいいのだ。
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