徒然読書日記
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2025/7/21
「脳のなかの幽霊」 VSラマチャンドラン Sブレイクスリー 角川書店
神経学の世界では、多数の患者を統計的に分析することで、脳に関するもっとも価値の高い知見が得られると考えている人たちと、 適切な種類の実験を適切な患者に行なう方が――たとえたった一例でも――より有益な情報が得られると考える人たちのあいだに緊張関係 がある。
<これは本当におろかな論争で、どうすべきかははっきりしている。>
神経学における、時の試練に耐えた主要な発見の大半が、最初は一例研究や一つの実例提示にもとづくものだったと言っても過言ではない からだ。であるからには、一例の実験からはじめて症例を増やし、得られた所見を確かめていけばいいのだ。しかし、これとはまったく違う 態度をとる人が大勢いるのである。
というこの本は、10代で書いた論文が科学誌『Nature』に掲載されたという気鋭の神経科学者が、一般向けに書いた『脳科学』研究、 最先端へのご招待である。
箱の正面に穴が二つあり、患者はそこから「いいほうの手」(右手)と「幻の手」(左手)をさしこむ。鏡は箱のまんなかに立ててある ので、右手は鏡の右側に幻肢は左側になる。
切断された腕がまだあり、痛みを感じる「幻肢」の、存在しない腕の実際の動きを知覚できるようにした、「バーチャルリアリティ・ボックス」 という有名な実験。患者自身の正常な右手を左側の幻肢の位置に重ねてみせるだけで、見えるようになった左手が幻肢の感覚に対抗し、痛みが 消えるなど絶大な効果を生み出すのだ。
<あなたの身体イメージは、持続性があるように思えるにもかかわらず、まったくはかない内部の構築であり、簡単なトリックで根底から変化 してしまう。>
母はいつも身なりに気を配っていた。・・・しかし今日は、ひどくおかしい。頭の左半分は、もともとカールのかかった髪がブラシもあて られず、鳥の巣のようにくしゃくしゃなのに、右半分はきれいに整えてある。
卒中が右の頭頂部に起こると、あとで発症することがあるという「半側無視」。患者は左側にあるものや出来事にまったく無関心になるので ある。患者の右側に立って鏡を見せると、無視している側が見えるようになるが、そこに映っているペンを取るように言うと、鏡に向かって 手を突き出し取れないと言う。
<私たちはふつう、自分たちの知能や「高度な」知識を、感覚入力の気まぐれな変動に影響されないものだと思っている。・・・彼らにとっては 話が逆である。感覚の世界がゆがんでいるだけでなく、知識の基盤も彼らが住む奇妙な新しい世界に適応するためによじれているのだ。>
といった具合に、どれが推論で、どれが観察によって確証された結論であるか、を明確にするのが責任であると考える著者の語り口は、立て板に 水の如く滑らかで、事実と想像を両立させたのは、厳密な答えを提出するよりも、むしろ読者の知的好奇心を刺激したいと思ったからと 言いつつ、自分が一番楽しんでいるようなのだ。
<変わっているのは、脳がほかの脳の働きを解明できるばかりか、自己の存在について問いかけをすることだ。>
・私は何者か。そして、死後はどうなるのか。
・私の心は脳のニューロンからのみ生まれるのか。
・私の自由意志のおよぶ範囲はどれくらいあるのか。
これらの疑問が奇妙な再帰的性質をもっている――脳が自分自身を理解しようと奮闘している――からこそ、神経学はわくわくするほど おもしろい。
2025/7/19
「歌舞伎町に沼る若者たち」―搾取と依存の構造― 佐々木チワワ PHP新書
一部の経営者や資産家を除き、ホストクラブで高額を使う女性のほとんどは夜の仕事で大金を稼ぎ出している。身体を売って、 はたまた詐欺行為を働いてまでホストに全財産を投げ打つというのは、一般的には理解しがたい感覚であろう。
ホストは売上を上げるためにどんな仕事をしているのか、ホストクラブで女性客が自分の身体を売ってまで大金を使ってしまうのはなぜ なのか。
<歌舞伎町をめぐる若者たちの姿は、彼ら彼女らのどんな価値観を表しているのか?>
というこの本は、高校生の頃から歌舞伎町に足を運び、自身もホスト通いを重ねながら、「歌舞伎町の社会学」を研究してきたというZ世代 ライターが、ホストの労働内容や売掛金問題など、「歌舞伎町の病」とも言える価値観を社会学的に分析した卒業論文を下地に、大幅な加筆 修正を施したものなのである。
ホストは「永久指名制」なので、指名するキャストを一度決めてしまうと基本的には変えられなくなることが、客がホストの歓心を買おうと する構図を作るとか、ホストクラブには「男らしさ」というジェンダー規範が残っているため、店外で客と会うときの支払いはすべてホストが 負担する(知らんかった〜)など、騒がれてはいてもイマイチその実態が報道されない、「ホストとはどういう仕事なのか」という分析も 目から鱗だったが、圧巻はなんたって客の視点からの分析だ。
「最初は、好きな人を応援したいって気持ちだったのに、気付いたら自分のプライドのために、稼いだ金額を注ぎ込んでたかも」(24歳: キャバクラ嬢)と、使う金額が毎年上がって、みんなからすごいと言われることで「承認欲求」が満たされて、彼女は結局自分のために、 担当ホストに5年間で2億円以上を注ぎ込んだ。
ホストクラブで女性客が得られる承認には、大きく分けて3段階あるのだという。
1.自分が指名しているホストから受ける「個別の承認」
2.自分と同じホストを指名している客との「比較による承認」
3.SNSでつながった顧客同士間での「集団的な承認」
ホスト通いで大金を投じる女性の多くは「女らしさ」を資本として金を稼いでおり、「外見が良い=稼げる女」という価値観が根付いている のだという。歌舞伎町とは、金さえ払えば表面上は「姫と王子」という関係性が生まれ、一般的な人間関係を築くことが苦手な女性でも、 自分に興味を持ってもらえる場所なのだ。
行政が現代の若者を経済面には支援できても、「女の子として自分を見てもらえる」という福祉を提供することは難しい。じつはホストが 顧客に提供している「関係性」は、福祉的な側面もあるのではないだろうか。
とホストクラブの構造を掘り下げれば、歌舞伎町ではどんな男女に価値があり、何をもって評価が下されているのかという根本的な価値観が 紐解けてしまうのは、この空間がただの色恋を演出するための場所ではなく、金銭を投じることで評価される舞台装置としての優れたシステム を有しているからだというのが、
「『研究未満』かもしれない。しかし唯一無二の試みだ」(@研究会恩師・小熊英二)という絶妙のコメントも裏切ることのない、若者の リアルに迫る怪著である。
歌舞伎町という街のシステム・価値観の沼にハマってしまう若者たちの深層心理は、現代の日本が抱える諸問題にも通ずるはずだ。
2025/7/15
「日ソ戦争」―帝国日本最後の戦い― 麻田雅文 中公新書
日ソ戦争は半月足らずの戦争だったが、残した爪痕は大きい。日本にとっては敗戦を決定づける最後の一押しとなっただけではない。 シベリア抑留・中国残留孤児・北方領土問題などはこの戦争を起点とする。
なぜ、ソ連は第二次世界大戦の終わりになって参戦したのか。玉音放送が流れた8月15日以降も、なぜ日ソ両軍は戦い続けたのか。
<1945年夏にソ連と繰り広げた戦争について、日本ではいまだに正式な名称すらない。>
というこの本は、近現代の日中露関係史を専門とする著者が、ロシア国防省が保管する鹵獲関東軍文書など、ようやく本格的な利用が始まった 新史料も駆使しながら、日米ソ各国の国家戦略と、それを達成するために実践された軍事行動や個別の作戦の思惑を通して、<いまのところ 日本が戦った最後の戦争>の全貌を描いたものだ。
日ソ戦争は、日本に無条件降伏を強いるという戦略目標を達成するために行なわれた、連合国の数ある作戦の一つである。軍事的にはそれ 以上のものではない。
1945年の時点で、戦争終結の仲介をすら期待していたソ連との開戦を、誰も望んでいなかった日本側にとって、それはやむを得ず戦った 「自衛戦争」だったが、「われわれは日本の背骨をへし折らなければならない」と豪語するスターリンに率いられたソ連側にすれば、「軍国 主義」日本からの「解放」という大義があった。
そんなソ連を対日戦に引き込んだのはアメリカのローズヴェルト大統領だった。対日戦を早期終結に持ち込むため、ソ連参戦を熱望し、督促 したのである。しかし、対独戦で莫大な被害を蒙っているソ連は二正面作戦に陥ることを徹底的に避け、日ソ不可侵条約を盾にヨーロッパの 戦争を終結させるまでの時間を稼いだ。一方、原爆の実験に成功したアメリカでは、ソ連参戦を熱望したローズヴェルトを後継したトルーマン が、原爆で日本を無条件降伏に追い込む最終案を重視していた。
ソ連の参戦を受けて、日本がポツダム宣言の受諾を表明して以降、トルーマンの周辺ではソ連と合意したはずの作戦区域を反故にして、米ソは 競合関係に入る。日本に無条件降伏を強要するという点では戦略的利害が一致していたものの、いざ達成されれば、米ソそれぞれが国益を前面 に押し出した占領政策を推進したのだ。
<日ソ戦争を芝居に譬えると、舞台を演出したのはアメリカだ。ソ連は出演を渋る大物役者である。最終的に、莫大な報酬を目当てにソ連 出演を了承する。そして、ひとたび舞台の幕が上がると、演出家そっちのけで暴れ回った。>
日ソ戦争が同時代の米英との戦いと比しても陰惨な印象を受けるのは、自軍の将兵の命すら尊重せず、軍紀が緩いというソ連の「戦争の文化」 が関係している、という著者があげる、日ソ戦争の特徴的な三点とは、
1.民間人の虐殺や性暴力など、戦争犯罪に当たる行為が停戦後にも多発したこと
2.シベリア抑留など、住民の選別とソ連への強制連行
3.北方領土問題など、領土の奪取
そんなソ連に対し、日本では条約を平然と破って領土を奪取したという不信感が強く残った。日ソ戦争は「不信感」を基調とする現代の日露 関係の起点なのである。
相手を侵略する意志がなくとも侵略されることは、直近のウクライナとロシアの戦争に限らず、歴史上ままある。そうした観点からも、 日ソ戦争にはまだ引き出すべき教訓は多い。
2025/7/8
「ティファニーで朝食を」 Tカポーティ 新潮文庫
そのアパートメントに移ってきて1週間ばかりたった頃、2号室の郵便受けの名札入れにいささか風変わりなカードが入っている のが目にとまった。・・・それはまるで歌の文句みたいに僕の耳に残った。
<ミス・ホリデー・ゴライトリー、トラヴェリング>
夜中に共同玄関のロックを開けてもらおうと、階上に住む僕の部屋の呼び鈴を押すことが度重なっても、便利な相手という以外には眼中にも なかったようだったが、ある日、窓をこんこんと叩く音がして、非常階段から僕の部屋に足を踏み入れたバスローブ姿の彼女は、 「下にとってもおっかない男の人が来ているの」と言った。
それが、作家志望で当時は駆け出しだった僕と、自称・新人女優ながら高級娼婦のように自由奔放に振る舞うホリーとの、奇妙な付き合いの 始まりだった・・・というわけで、ヘップバーン主演で大ヒットとなったあの映画の、これは原作ではあるのだが、映画を見ていない暇人で さえ、まるで予想外の展開の物語だった。
ドアの前に置かれたゴミ箱の観察から、読書がおおむねタブロイド新聞と旅行パンフレットと星占いの天球図によって占められていること。 吸っている煙草がピカユーンというなぞめいたブランドで、コテージ・チーズとかりかりのトーストで生命を維持しているらしいということ。 色合いの入り混じった髪は自分で染めており、海外にいる兵士たちから「覚えているかい」などと書かれた大量の手紙を受け取っているらしい こと。日差しの強い日には髪を洗い、茶色の雄の飼い猫と一緒に非常階段に座って、どこで覚えたのかというような曲をギターで上手に爪弾き ながら、髪を乾かすことなど。
付き合う前から彼女についてはひとかどの権威のつもりだった僕は、それなりに心を許した友人となってから知った彼女の実像に驚かされる ばかりの日々を送る。
14歳で両親を亡くし、飢えて盗みに入った獣医宅で捕えられ、この年の離れた獣医の妻となるが、後にそこから脱走するという暗い過去を 持つこと。毎週木曜日に、刑務所に収監されているマフィアのボスに面会して、怪しげな報酬を得ていること。(それが麻薬密輸事件に巻き 込まれ失踪することにつながる。)それでも、「潔いいかがわしさ」を発散しながら、型破りの奔放さを振りまくホリーの魅力に、周囲の男は 皆引き寄せられていく。(暇人の好みではないが・・・)
自分といろんなものごとがひとつになれる場所を見つけたとわかるまで、私はなんにも所有したくないの。そういう場所がどこにあるのか、 今のところまだわからない。でもそれがどんなところだかはちゃんとわかっている。
誰かにちゃんと飼われるまで、自分には名前をつける権利がないからと、名無しのまま可愛がっている虎猫を胸に抱きながら、彼女は言う。 「それはティファニーみたいなところなの・・・いつの日か目覚めて、ティファニーで朝ごはんを食べるときにも、この自分のままで いたいの」
南米へと高飛びして、行方不明となってしまったホリーから、鉛筆の走り書きで、サイン代わりに口紅のキスが付いた葉書が届いたのは、 何か月か過ぎてからだった。いつも「旅行中」であることを気取っていた彼女の、新住所の知らせが届かなかったことに、僕ががっかりした のは、知らせたいことが山ほどあったからだった。何より伝えたかったのは、別れ際にいなくなってしまった猫の消息だった。温かそうな 部屋の窓辺に鎮座しているのを見つけたのだ。なんと呼ばれているのだろう。
きっと猫は落ちつき場所を見つけることができたのだ。ホリーの身にも同じようなことが起こっていればいいのだがと、僕は思う。 そこがアフリカの掘っ立て小屋であれ、なんであれ。
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